姜維がおにぎりを食べている。
 昼食時間も終わりに差し掛かる頃合だったが、姜維は仕事が押して食事が取れずに居たのだ。
 食事くらいは最低でも取れ、と突っ込んだのだが、どうしても今日中にこれを片付けないとと言って動こうとしない。
 見かねたが食堂で売れ残っていたからとおにぎりを差し入れて、姜維はやっと食事を始めた。
 急いで食べているようだが両手でおにぎりを摘んではむはむと口を動かしている様は、まるでハムスターか兎のそれだ。
 かっ…。
 思わず撫で繰り回したい衝動に駆られるが、小動物を見た時の衝動であって少なくとも色恋の情動からではない。
 迂闊な行動は姜維の気持ちを逆撫でしかねず、だからも何とか堪えた。
 そんなことを考えられているとは、姜維は思ってもみないだろう。
 なるべく誤魔化してなるべく触れないようにしていたから訊けずにいるのだが、は姜維に訊いてみたいことがあった。
 いったい自分の何処の何が好きなのか、そんな素朴な疑問もあったが、分けても訊ねてみたいのが『どういう風に好きなのか』ということだった。
 阿呆な話だと思いはするが、姜維に性衝動と言うものがあるのかはなはだ疑問である。
 目の前でまふまふとおにぎりを貪っているこの小動物が、自分に対して欲情するのかどうなのか。
 成人男子なのだから、当然在ってしかるべし感情だ。
 けれど、コレは姜維なのだ。姜維が、果たしてそんな衝動持っているものなのだろうか。
 自身、それがアイドルがトイレに行くはずがないレベルの、下らない現実逃避だという自覚は在る。
―――したいとか、思うんかなー。
 自分が好きだということは、自分相手にそういう妄想したり、いわゆる何と言うかオカズにしてたりするのだろうかと考えると、笑い出したくなる。
 恋愛と友情の見分け方は、相手がセックスしている想像が出来るかどうかだという話を聞いた。
 姜維がセックスしているところなんて考えられないから、やはり自分は姜維に恋愛感情を持つことなど出来ないと思う。
 酷く納得して、ちらりと姜維を見遣ると、ちょうどおにぎりを食べ終わったところらしい。包装を全部剥いで手で直接持っていたからか、指にご飯粒が着いている。
 姜維は、舌を伸ばしてご飯粒を舐め取った。
 極自然な行動だと思う。でもやるだろう。
 だが。
―――うわっ?
 ぞくっとした。
 姜維の舌が紅く艶かしく、ちろりと音を立てるように先端が米粒をこそいでいくのを見て、は思わず背筋を伸ばして身を固くした。
 舌を出したまま、姜維が不思議そうにを見返す。
 何故だか頭に来て、無防備な額にでこピンをかましてしまった。
「い、痛いですよさん」
 そら痛かろうな、と思いつつも、何故か素直に謝ることが出来ない。
 むっとしつつ立ち上がると、姜維は不安そうにを見詰めた。
「…お茶、淹れて来てあげるから」
 大股で去っていくの後姿を、姜維は困惑した面持ちで見詰める。
 背中に視線が刺さるのを感じつつ、だからこそは振り返ることも出来ずにいた。
 フロアの隅、パネルスクリーンの裏に隠れた瞬間、は思わずがっくりと肩を落とした。
―――キス、したいと思ってしまった…。
 TPOの全部がアウトの状態で、そんな衝動に駆られた自分を情けないと思う。
 男っ気がないから、姜維相手にそんな浅ましいことを考えてしまうのだろうかと半ば本気で思い悩んだ。
 決算日間近で忙しくて、うっかりストレスを溜めてしまっているのかもしれない。帰ったら、遅くてもいいから土手に走りに行こうかと考えた。
さん」
 突然背後から声がけられて、びくりと肩を震わせて振り返る。
 姜維が困ったような顔をして、を覗き込んでいた。
 細身の割りに長身の姜維は、よりも確実に15cmは背が高い。ヒールを履いていても見下ろされて、何だか悔しい気がした。
 年下のくせに。
 そんな埒もない難癖までつけたくなる。
 こんな自分はおかしい、とは焦った。日頃感じたことのない感情だけに、妙に持て余す。
「…すぐだってのに」
 お茶を淹れると言っても、給湯器の小さい奴から直接カップに注ぐだけだ。手間も時間も掛からない。
 背中を向けることで姜維を視界から追い出し、その隙に冷静になろうとこっそり深呼吸した。
 ふわり、と空気が揺れた。
 え、と思考が止まる。
 胸の下辺りに柔らかく組まれた他人の腕があり、背中に熱の気配を感じる。
 が我に返るより早く、その腕は解かれて去っていった。
「すみませ…」
 パネルにしがみつくようにして俯いている姜維は、その耳の裏まで真っ赤にしていた。
 何してくれるんじゃ、と喚き散らしたかったが、喉に声が引っ掛かってしまったかのように何も言えなくなってしまった。
 よろよろと立ち去る姜維の背中を見送り、もまた壁に額をつけて熱を冷ます。冷たい壁が心地良いのは、やはり顔が熱い証拠だろうか。
―――もし、…たら、煙草臭いんかな、やっぱ。
 ふっと気になって、口元を指で押さえる。
 指先が触れた唇がやけに熱く感じられて、は思わず手にしたお茶を一気飲みした。

  終

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