ゴールデンウィークを迎え、長期休暇を迎えたは普段の倍も張り切っていた。
 普段から『張り切り娘』『スタミナ娘』の異名を惜しむことなく捧げられているが、倍も張り切るとなるとこれは大事なのである。
 異名通りに100万馬力とか、5日は寝ずに仕事が出来るとか、そういうわけでは勿論ない。
 その細い、と言うより小さな体に似合わず動き続ける様や、はきはきとした物言いから、先入観でそういうイメージをもたれているようだ。
 本当はまったく逆だ。
 スタミナを溜めておく容量もないのに全開で走り回るものだから、疲れ過ぎると糸が切れた人形のようにへちゃりと崩れて寝込んだりするし、熱を出して趙雲が看病したりする。
 いいお嫁さんになるね、と言われて、喜んでいいのか悲しんでいいのか悩んだことも一度や二度ではない。
「フロンティアスピリッツよ、子龍! まだ見果てぬ海を渡るのよ!」
「何です、今度は海外旅行にでも行こうとでも言うんですか」
 また寝込むのではないかとはらはらする趙雲を、は可哀想な人を見る目で見下ろした。
「嫌だわ、魂まで錆び付いたの、子龍。体は企業の歯車の一つとして捧げても、心は風のように自由でいましょうって誓ったのに」
 何かろくでもない小説でも読んだのだろうか。
 意外にも(と言うと怒られそうだが)知識欲の強いは、時折ベストセラーやら話題作やらを速読かまして読み進め、趙雲を翻弄することがある。
 趙雲も、ビジネス書やらは読むのだが、家に帰ればものぐさにしていたい性質だから、まずは家事をこなして余った時間は怠惰に過ごすのが望ましい。家事をこなしてからというのが実に趙雲らしいとは、同僚兼悪友である馬超の言だ。
 ともかく、趙雲としては、この長い連休はできればのんびりまったりゆっくり過ごしたいというのが密かな願望だった。
「折角、子龍も喜んでくれる計画思いついたのに」
 可愛らしく小さな唇を突き出すに、趙雲は苦笑を浮かべた。
 まったく、自分はこの顔にてんで弱いのだ。
「わかりましたよ、。それで、何をしようと言うんです」
 趙雲が降参して両手を軽く掲げると、はようやく機嫌を直して微笑んだ。
 細く白い指先を、趙雲の胸元につん、と押し付ける。
「あのね、子龍に頑張ってもらわなきゃならないことなの……いい……?」
 どきん、と心臓が跳ね上がる。
 胸元をなぞるように動く指が、妙に刺激的で心臓が高鳴る。
「こんな長い休み、滅多にないじゃない……? 熱出して寝込んじゃっても、もしか腰が抜けて立てなくなっちゃっても、お休みだから……会社に迷惑かからないし……ね?」
 それは、どういう。
 問い質したいような、問い質してはいけないような、甘美なもどかしさに趙雲は生唾を飲み込んだ。
「ね、子龍……お風呂に入ってくるから、ベッドに行って、準備してて……」
 これ、と差し出された薄い本に、趙雲の興奮は最高潮まで高まった。

「……ん、いっ……駄目、子龍、そこはっ……!」
がしたいって言ったんでしょう。我慢して下さい」
「で、でも……が、我慢できない……子龍っ……」
 趙雲が溜息を吐く。
「私だって素人なんですから、上手くはできませんよ」
「でも、子龍、取引先の部長さんに指使いが上手だって褒められたんでしょ? 大丈夫、イケルわよ子龍!」
「じゃ、せめてもう少し黙ってて下さい」
 えぇと、とうめきながら広げた本に目を落とす。
「次、は……下、の……」
「いたぁいっ!!」
 何のことはない。
 趙雲がにマッサージを施しているのである。
 ほんのりと温まって血行が良くなった足を、趙雲がぐいぐいと揉んでいく。そのたびにが悲鳴を上げているという次第である。
「これのいったい何処が、私も喜ぶ計画なんですか」
「あら、いつも私が不健康だって嘆いているのは、何処のどなただったかしら」
 こちらの貴方じゃなかったかしら、とつつんと胸元を突かれて、趙雲は大袈裟に溜息を吐いた。
「黙ってて下さいと言ったでしょう」
 指先に力を篭めると、の体がえびぞりに仰け反った。
「いった、痛いったら、子龍!」
「どれだけ不健康なんだか、思い知るといいんです。ほら、この音。聞こえますか、じょりじょりって。人間の肉の立てる音ですか、これが」
 本にも記されているが、疲労の溜まった足を上手く揉み解すと、まるでガラスの粒か砂粒をすり合わせるような嫌な音がする。
 そこまで不健康だと証したを責めるべきか、上手く揉み解していることと証した趙雲を褒めるべきか、この際は難しいところだろう。
 ぶすくれるを他所に、趙雲は本の通り懸命にの足を揉み解す。
 単純ゆえに興が乗ってきたのか、コツを掴んで手付きが滑らかになる。
「いっ……や、はんっ……あ、そこ……いたっ……」
 趙雲が黙ってしまったので、も口を閉ざすのだが、疲労の溜まった足は趙雲の指先がつぼを捕らえるたびにびりびりとした痛みを伝えて寄越す。
「はぁっ……いっ……ん、くっ……やぁ……」
 趙雲の手が止まった。
 涙目で汗に塗れたが、不思議そうに振り返る。
「……どうしたの、子龍」
「…………」
 趙雲は顔を赤くしてそっぽを向いている。
 はしばらく趙雲の姿を見詰め、浮かんだ疑惑を口にした。
「勃っちゃった?」
っ!!」
 はしたない、と小言を並べる趙雲に、は逆らわず首をすくめて見せた。
 むくりと起き上がると、趙雲の頬に口付けを落とす。
「途中でやめちゃうと、辛くなっちゃうから。後で、終わったら、ね、子龍」
 何だってこう、何もかもが符丁に合うのだか。
 の慰めの囁きも、妙に淫猥な想像を掻き立てて止まない。
 そういうものなのだと開き直って、せめて早く終わらせようとの足に向き直る。
「あんっ……」
 泣きたくなるのは、きっと気のせいなのだと思うことにした。

 ようやく二本の足のマッサージを済ませ、趙雲は額の汗を拭った。
 柔らかく、温かくなった足はピンク色に色付いて、妙に美味そうに見えてしまう。
 そっと口付けを落とすと、の肩がぴくんと揺れた。
 悪戯したことに恥じ入って、趙雲は一言詫びようとの名を呼ぶ。
 反応がない。
 もう一度呼んでみたが、揺さ振っても返事がない。
 ただの屍、ではなく、寝入ってしまっているようだ。
 その熟睡振りに、趙雲はへなへなと座り込む。昂ぶった熱は、未だに職務遂行を訴え反り返っている。が、肝心の相手がこれでは、何をしようもない。
 苦虫を噛み潰したような趙雲の顔が、不意に緩んだ。
 まぁ、休みは長いのだから。
 すやすやと安らかな寝息を立てるに、おやすみの挨拶を施し、毛布を掛ける。
 の目が覚めるまで、しばらく一人でテレビでも見ていようと、趙雲は寝室を後にした。

 目を覚ましたが、前言どおりに熱を出したとわかったのはその数時間後。全快するのに更に数日を要し、目が覚めた後は行きたかった美術館や庭園、ウィンドーショッピングやら散歩やらに付き合わされ、結局一度もいたせなかった。
「いつでもできるじゃない、そんなこと」
 けろりと言い放つは、夜になるとぐっすりと寝入ってしまい趙雲に隙を与えない。
 ゴールデンウィークが嫌いになりそうだった。

  終

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