姜維の策略によりうかうかと水着を着るハメになったではあったが、悲壮な決意の前に脂肪もびびったのか、ぎりぎりで目標ラインに達することができた。
 だが、しかしである。
――あかん。
 当日、顔を合わせた後輩達のスリムかつ引き締まった体のラインに、眉間に皺が刻まれそうになるのを必死に制した。
 惜しむことなく晒されるウェストのくびれに、は自分の年を自覚した。
 ビキニの方が誤魔化せると言われているが、折からの流行に皆が皆ビキニを着用している。
 仮に、ビキニ効果が真実だったとして、比較効果は何ともならないだろう。
 目標サイズに届くだけでは甘かったのだ。
――引き締めな……!
 新たな目標を得たに、夏はそこまで迫っていた。

 帰りがけに皆と食事をして別れた帰り道、一人駅の改札を出たに声を掛けた者がいた。
 姜維だった。
「な」
 何しとるの、という言葉は飲み込んだ。
 訊くだけ野暮というものだ。
 先回りして待っていたのだろうその顔は、悪戯っ子が悪戯を成功させた時と同じで、妙に腹立たしい達成感に満ちている。
「今日、行ってもいいですか?」
 どうせ明日は日曜日だし、洗濯機を回すにしても一人分も二人分も大して変わらない。
 しゃあないな、と渋々了承してみせると、姜維は帰り道にビールを買っていこうと言い出した。
「無論、私が出しますから」
 泊まっていく気だと察したが、今更と言えば今更だ。宿賃にしては安いが、もらえる分には文句のない品だったので、はやはりしゃあないな、と投槍に答えるのだった。

 姜維を部屋に上げるのは初めてではないが、泊まっていくのは初めてかもしれない。
 洗濯機を回しながら、はそんなことを考えていた。
 夜になってしまったけれど、まだ9時やから堪忍です、と内心で近隣住人に頭を下げる。
 独身か新婚夫婦、同棲カップルしか住んでいないマンションだとは分かっていたが、それでも気を配ってしまうのがの気質だ。
さん、テレビつけてもいいですかー?」
 テレビをつけるのにもいちいちに断りを入れる姜維に、他人行儀なものを感じつつ姜維らしいとも感じていた。
 いつか、この部屋に姜維が居るのが当たり前になる日が来るのだろうか。
 想像すると、妙に気恥ずかしい。
 あかん、と頭を振りながら部屋に戻ると、テレビではちょうど通信販売の商品説明をしていた。
「あ、こういうのええかもな」
 思わず口を滑らせたを振り返り、姜維はもう一度テレビを見遣る。
「え、これ、ダイエットの機械ですよね」
「うん。乗るだけでええんやろ? 毎日は走っておれんし、簡単でええなぁと思わん?」
 いわゆる乗馬マシーンというものだったが、姜維は繁々とを見詰めた。
「まだ気になさってるんですか?」
 いつも柔らかい笑みを浮かべている姜維が、渋い顔になる。こういう時は、本当に機嫌が悪い時なので迂闊なことは言えない。
 は何故か焦りながら弁解を始めていた。
「だって、見たやろ姜維くん。とか、何や、くびれって言うの? 私の目標、あそこやねんもの」
 決してあそこまで、とは言わないが、あれに近付きたいという願望はある。
 しかし姜維は渋い顔をしたままだ。
「私はさんぐらいの体型が一番素敵に見えると思いますけど。どうして女の人って、そんなに痩せたがるんですか」
 訳が分からないといった態で溜息を吐く姜維に、はもやもやとした反感を抱く。
「それは、姜維くんは男やねんから。わからんでも仕方ないかも知れんけど?」
 は棚の上に置いてあったメモを取った。
 テレビを見ながら電話番号と商品名を書き写す。
「買うんですか?」
「私の勝手やない」
 ぷんすかと腹を立てた風のの横に、いつの間にか姜維が擦り寄ってきていた。
 ぎょっとして身を引くに、くすりと艶やかな笑みを零す。
 妙に卑猥な、大人っぽい笑みに、は思わず頬を染めた。
 姜維は、の手にあったメモを取り上げ、丸めてゴミ箱に投げ入れてしまう。
「ちょ、何すんの」
 むっとして姜維を睨むのだが、姜維はやはり艶然と微笑むばかりだ。
「そんな無駄遣いしなくても、ね、さん」
 手を取られ、は理由もなくすくんだ。
「そんなに痩せたいなら、運動すればいいんです」

 案の定といえば案の定だった。
 の服は半ば脱がせられており、けれど完全に脱がせられることもなく肌に張り付く。
 たくし上げられたポロシャツは胸の上にあり、乳房に引っかかりでもするのか、止まったままずり落ちてもこない。
 浮かび上がったブラの強い感触が、時折先端の朱を掠めて声が出てしまう。
 穿いていたジーンズは脱がせられていたけれど、ショーツは片方の足首に引っかかったままくしゃくしゃに丸まっていた。
「ほらさん、もっと腰を動かさないと」
 自分も息を切らしているのに、何が楽しいのかにこにこと笑っている姜維を見下ろす。
 いわゆる騎乗位を取らされており、慣れない体勢には身動きできないでいる。
 動けと言われればできないでもないが、動けば当然悦を増すことになり、むしろ恥ずかしくて出来ないというのが本音のところだった。
「ほら」
 姜維は、を乗せたまま器用に腰を浮かせる。
 がくんと大きく揺さぶられ、は思わず声をあげてしまった。
「……まだ、こんな時間なんよ……っ……?」
 9時過ぎ、土曜の夜とあって出かけている者も多いだろうが、何人かは平日の激務を癒す為、ゆったりと家で過ごしているだろう。
「声、聞かれたら……」
 叱り付けるようなに、しかし姜維が怯むことはない。
「大丈夫ですよ」
 にっこりと笑って、またを揺す振ってくる。
「洗濯機、回してますし」
 ごぅん、ごぅんと洗濯機の回る音が響いている。リサイクルショップで手に入れたこの洗濯機は、性能の割に安かったのだが、少し音が大きいのが玉に瑕だ。
「……だから、洗濯機が終わる前にしてしまいましょう」
 するって、何を。
 姜維の手がの尻に回る。
 動かないに焦れた、といわんばかりに激しく揺さ振られて、繋がった部分からみちみちと肉がきしむ音が響く。
 嫌な音だ、とは唇を噛み締めた。
 自分が姜維を締め付けていると分かってしまう。本当は欲しがっているのがバレてしまう。
 恥ずかしさから更に濡れだす秘部が、姜維の下腹をじわじわと汚していく。にとっては後ろめたさに直結し、姜維に逆らおうという気が失せていった。
 揺さ振られているのに合わせ、もわずかずつ腰を揺らめかせ始める。
 声が漏れ出し、艶めいた。
 気付いているのかいないのか、姜維は鮮やかな笑みを浮かべる。
「洗濯が終わる前に、後二回はしましょう。ね、さん」
 ダイエットですから、と続けられて、は最中だということも忘れて目を剥いた。

「最近、さん痩せました?」
 突然に突っ込まれた。
 痩せたといえば痩せた。
 やつれたのだ。
 あれから姜維は毎日のようにを誘ってくる。断れば、『ダイエットはどうするんです』と大義名分をかざして居直るから始末が悪い。
 体重計には乗ってないが、痩せたという自覚はなかった。
「……ちょ、体調悪いんよ」
 むすっとして答えると、は軽く首を傾げた。
「でも、肌の艶もいいし、前より全然元気そうに見えますよ?」
「……え、そ、そう?」
 が頷くのを見て、は頬に手を当てた。
 自覚症状はなかったが、そう言えば最近手入れをサボっているはずの肌が、ぷりぷりになっている気がする。
 体調が悪いようなら、今日は早めに引けて下さいね、と言い残し、は関羽に書類を出しに行ってしまった。
 美容とファッションにうるさいがそう言うなら、痩せたのかも知れない。しかも、健康的に。
 帰ったら、久し振りに体重計に乗ってみよか。
 何となく気分が明るくなって顔を上げると、こちらを注視していたらしい姜維と目が合った。
 にっこりと笑われる。
 との話を聞いていたのだろうか、と考えると背中に冷や汗が浮き上がる。
 腰が痛いのは本当やもん、と視線を外すと、姜維はそのまま席に戻っていった。
 突然、携帯がぶるぶると震えた。メールが入ったらしい。
 開くと、予想通り姜維だった。
 本日伺います、と何時にとの表記もない定型文を思わせる内容に、は思わず机に伏せた。
 せめて今夜は中休み、それが無理なら一回だけにして欲しい。
 若い子と付き合うのが大変だということを、おかしなところで実感する羽目になっただった。

  終

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