「どないしたの、コレ」
 素っ頓狂な声音の中に、非難の色が混じる。
 姜維は首を傾げ、の指す『コレ』に視線を向けた。
「ケーキです」
「それは分かってん」
「クリスマスケーキです」
「それも分かてる!」
 果たしてボケなのかマジなのか判断しかねて、は悲鳴を上げた。
「さっき会社で食べたばっかやろ。なのに、何でまたケーキがあるのて聞いてるのー!」
 張飛から言い出したクリスマスパーティーではあったが、参加者率はほぼ100%というTEAMの高い協調性を示すことになった。
 営業などは途中で出たり後から参加したり、また恋人と約束があるものは早退したりしていたが、それでも並べられた料理や菓子の皿はほぼ食べ尽くす盛況ぶりだった。
 ただ、ケーキだけは劉備が君主の心遣いとして差し入れた他、営業が取引先からの差し入れやら付き合いやらで持ち込んだもので、一人1.5個というノルマが課せられる羽目になったのである。
 は同僚や後輩に泣きついたものの、TEAM古参の意地を見せろと良く分からない理由で2個のノルマを食らわされることになってしまった。
 大きさだけは小さいもので勘弁してもらったが、常時ダイエット敢行中のにとっては、あまりにも手痛いダメージとなった次第だ。
 今日から決死のダイエットへレベルアップと決意していたの前に、小振りとはいえ丸いケーキがどんと立ちはだかっているのである。
 が悲鳴を上げるのも、あながち大袈裟と言う訳ではなかった。
「元から頼んであったんですよ。代金支払い済みですし、キャンセルする訳にも行かないから」
 イブは家に帰って二人でお祝い、と決めていたのは決めていた。
 クリスマスだからケーキを、という姜維の判断は、決して間違いではない。
 ただ、張飛の決定で約束は上書きされたと思っていたと、ならばそのパーティーが終わってからと考えていた姜維との間には、深くて暗い溝が出来ていた。
「何も今すぐ食べようとは思いませんよ。さすがに、私もそれなり食べてましたし」
 姜維は姜維で、TEAM最年少の意地を見せろと言われてケーキを食べさせられていたのだ。
「じゃあ、どないすんの」
「明日でいいんじゃないですか。冷蔵庫に入れておいて」
 は不服げに、味が変わってしまうと呟いた。
 姜維がリサーチした上で奮発したケーキは、も知っているような高級店のものだ。
 飾り立てられた丸いスポンジもさることながら、満遍なく塗り込められた白い生クリームが、その味の確かさを証明するようにきらきらと輝いている。
 会社でケーキを二個食べてさえいなければ、さすがのも手を出しただろう逸品なのだ。冷蔵庫に入れればどうしても匂いが移るだろうし、味そのものも落ちてしまうだろう。
 ケーキとは、そういうデリケートな食べ物なのだ。
「じゃあ、どうすればいいんです」
「さっき出してもたら良かったのに」
 そうしたら、少なくとも何人かはこのケーキの美味しさに舌鼓を打ったことだろう。ケーキの為にも作ってくれたパティシエの為にも、美味しく召し上がってもらえば良かったのだ。
 そう言うの主張に、珍しく姜維が口をへの字に曲げる。
 姜維は姜維で、これは自分との為に買ったケーキなのだから、二人で食べたいという取り下げ難い強い希望があった。
 会社で出せばいいというの意見は確かに真っ当だったが、姜維のささやかな矜持が満足できるものではない。
「ええやない、会社で、姜維君と私が一口食べれば」
「それじゃ駄目なんです。……じゃあ、今ここで一切れだけでも食べてしまいましょうよ」
「あかん。今日はもう、ケーキは食べないことに決めてもたもん」
「……じゃあ、一切れ半分こにして……」
 姜維が提案するも、は『あかん』と頑なに拒否し続けた。
 両手を広げて態度でも拒否を示すに、姜維の眉間に深い皺が刻まれた。
 が、顔をも背けているは、姜維の表情の変化に気が付けない。
「分かりました」
 姜維は箱からケーキを取り出すと、人差指でケーキをすくった。
「ちょ」
 止める間もない。
 白いケーキに、無残な跡が残される。
 しかも、姜維はその指をの唇に擦り付けてきた。
 生クリームでこってりと塗り固められてしまった唇は、さぞや間が抜けていることだろう。
「ちょ、食べないて言てるやろ……」
 拭おうと伸ばされたの手を押さえ、姜維は舌で丹念に生クリームを舐め取る。
 口を開けた瞬間に口内に滑り落ちた生クリームを追って、執拗に舌が踊った。
 の呼吸が乱れ荒い息が吐き出されるまで、姜維は止めようとはしなかった。
 完全に生クリームを舐め取ると、また指ですくっての唇に擦り付ける。
 繰り返し繰り返し舐め取っては擦り付け、擦り付けては舐め取る。
 単純作業を繰り返す姜維に、は抵抗する力も失って、へろりと腰砕けに砕けた。
「……何……」
「今日の内に食べてしまえばいいんでしょう? さすがに、私もそのままでは食べられませんから、さんに協力してもらうんです」
 こうやって食べる分には食べられる。
 そう嘯く姜維に、は色気なくぎゃあ、と吠えた。
「エロ! エロハム! そんなやらしー真似、誰に教わって来たー!」
さんです」
 けろりとして答える姜維に、の目が点になる。
さんのこと考えてると、自分でも信じられないようないやらしいこと思い付くんです。だから、私がいやらしいと言うなら、全部さんのせいですから」
「な、な」
 言い返す言葉を見つけられないに、姜維は馬乗りになってするすると腰を擦り付けた。
 固い感触がの下腹を撫でている。
 ね、とを見詰める双眸が、酷く熱く潤んでいる。
 この目に、は滅法弱い。
 下手な媚薬よりも性質が悪い、をその気にさせる目だった。
「……あほ」
 生クリームを舐め取る舌に、は自ら舌を絡めた。
 この調子で体の方にまで塗りたくられたら堪らない、だからだと自分に言い訳していた。

  終

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