帰り道、電灯の光が届かない建物の陰に入ると、は突然趙雲にしがみついて来た。
 こんなは珍しい。
 いつも凛然として、臆するところなどないようなひとだ。
 脅えたように趙雲の胸に頬を摺り寄せる様は、年頃の女性らしく頼りなく如何にも儚い。
 丸ごと惚れ込んでいる自覚の在る趙雲には、普段とまったく違うの姿に『くる』ものがある。
 そんなことを考えている場合かと自分を諌めつつ、決して押し潰してしまわぬように細心の注意を払いながらを抱き締めた。
「……? どうしたんです?」
 恐らくは、先程のの話に衝撃を覚えたのだろうと察しが付く。
 馬岱の名が出た時には、趙雲も少なからず驚かされた。
 かつてが、一日きりとは言え付き合っていたことを知っている。
 物凄く似ていて、物凄く分かってしまうから駄目だったと、趙雲には分からない理由で別れたことも聞かされていた。
 分からな過ぎる趙雲と、足して二で割るとちょうど良かった等と言われ、かなり複雑な心境に駆られたものだ。
 趙雲と馬岱と、足して二で割ったとして、果たしてはどちらを取るのだろう。
 出来る訳がないのだから、考えても仕方がない。
 ないのだが、それでも考えてしまう辺りが、恋は盲目と呼び習わされる由縁というものだろう。
 自分が一番を愛している。
 そのことには自信がある。
 けれど、はどうだろう。
 が一番愛しているのは自分だとは、趙雲にはとても言い切れない。自信がない。
 たぶん、恐らくと思うのが精一杯で、時には自分に同情して付き合ってくれているのではないかと考えることもある。
 同情もまた恋の形の一つかもしれない。
 相手を愛おしむ気持ちに代わりはなかろう。嫌いなら、そも同情などしない。
 少なくともは、嫌悪する相手に自身を殺してまで付き合おうとするひとではなかった。
 そういうはっきりしたところもまた、趙雲がに惹かれた理由の一つだった。見栄で付き合うような、卑しい根性は欠片もない。
 趙雲が学生時代の頃、偶々耳にしてしまった女子の会話は、趙雲のトラウマと化している。
 自分の噂をされているだけでも尻の座りが悪いものを、趙雲だったら『まぁいいか』、付き合って『あげてもいい』等と評され、甚く傷付いたものだ。
 趙雲自身がどうこうでなく、趙雲のレベルであれば良い、と言い切ったようなものだ。本心はどうあれ、物と変わらぬ評価に憤らぬ程の強かさは、当時の趙雲にはないものだった。
 自分がされたらどう思うかとさえ思い至らない愚鈍さに、趙雲は一時期来女性不信で通した。
 実際、その手の女性は趙雲の周りに絶えず存在して、趙雲を不快にさせ続けていた。
 だから、趙雲がに恋をしたのは半ば奇跡に等しい。
 と出会ったのは、ちょうど一年前だ。
 一目惚れだった。
 自分でも、有り得ないことだと驚いた。どんな女性かも分からぬまま、ただ向こう側から歩いてきたに目を奪われてしまったのだ。
 頭の中が真っ白になり、視界から世界が消えてだけがそこに居た。
 棒立ちになっていただろう趙雲にかなり近付いてから気が付いたと思しきが、にこりと微笑む。
 好きだ。
 瞬間、白い世界に三文字が明滅した。
 堰を切って流れる濁流の如き勢いで、趙雲はに恋をした。
 新人が配属される日になって、劉備の隣にが立っているのを見た時の趙雲の挙動不審振りは凄まじいものがあった。
 お陰で、想いを伝えてお付き合いする件になるまで紆余曲折を経なければならなかったのだが、それも今となってはいい思い出だった(あまり思い出したくないが)。
 趙雲の問い掛けにも答えず、ただ身を摺り寄せていたが、不意に顔を上げた。
「子龍、セックスしたい」
 ぎょっとするも、体の方はの言葉に如実に反応を示した。
 一気に急角度を描く分身に、趙雲は自己嫌悪する思いだ。
 は、そんな趙雲には構うこともなく、立ち上がったものに己の腹を擦り付けて来る。
「ねぇ、子龍」
 布地越しとはいえ立て続けに与えられる刺激に、趙雲のものは早くも限界を感じつつある。
「ちょ、、こ、ここで、ですか?」
 慌てるあまり、埒もないことを訊いてしまう。
 しかし、は平然として『いいわよ』と頷いた。
「こ……ここは……」
 さすがにまずい。
 単なる道端で、狭いとはいえ車も通るような道だ。
「子龍、したい」
 駄々をこねる子供のようにじたじたと腕を振るは、面倒になったか唐突に膨らみを帯びた布地へ手を伸ばす。
「ちょ……駄目ですよ、
 趙雲が諌めるとはぱっと手を離した。
 ほっとしたのも束の間、趙雲にくるりと背を向けすたすたと歩き出してしまう。

 呼び止めても振り返らない恋人に、肝が冷える。
 慌てて追い掛け、その手を取ると、強引にこちらを向かせた。
 怒った時そのものの表情に、更に肝が冷える。
「……ここ、では駄目だと言ってるんです。場所を変えましょう、ね、
「…………」
 返事をしようともしないに苛立ち、趙雲はその小さな顔を包んで上向かせる。
 唇を重ねると、の手がノロノロと趙雲の背に回った。
 ほっとして、意地悪をされたお返しとばかりにの唇を丹念に味わう。
 瞑った瞼の向こうに、ヘッドライトと思しき光が流れていったが、気にせず続けた。

 近場にあったホテルに入り、二人でシャワーを浴びた。
 趙雲のものは滾って、滾り過ぎて、もう限界が近い。
 裸体のの背後に回り、手に乗せたボディソープを直接塗りつける。
 ひくんと震えた肌に、趙雲は強いアルコールが醸すような酔気を感じた。
 滑る手をの体に這わせ、女体独特の美しい凹凸を堪能する。
 小柄な体に似合わぬ膨らみに手を掛ければ、すぐさま先端の突起が固く立ち上がる。
 指先で弄り回せば、の唇が微かに開き、陶然とした吐息を吐き出した。
 恐る恐る秘部を覆う淡い繁みに手を伸ばせば、ソープの滑りとは明らかに違う滑りが趙雲の指を濡らす。
「…………ここ、も……いいですか……?」
 は答えない。
 尖らせた唇に、聞くな、と叱り付けられたような気になって、趙雲は指を奥へと滑り込ませる。
「ぁ」
 唇と舌でなぞったこともある秘肉は、趙雲の指の蹂躙に悦の涙を零していた。
 己の与える快楽を無心に貪るの表情に、趙雲は熱意を促されて指を激しく踊らせていく。
「あ、あ、そんな、激しくしたら」
「駄目ですか、
 やはり答えないのをいいことに、趙雲は陰核を挟んで擦り上げる。
「あっ、あっ、そこ、そこは……」
 趙雲はシャワーの湯でソープの泡を洗い流し、今度は指を入口に添わせる。
「え」
「慣らさないと、最初は痛いんでしょう?」
 の入口は極狭い。
 処女を捨て、趙雲と何度も睦み合ってからも、未だに挿入時の痛みがあるらしい。
 それが趙雲には何とも歯痒く、無性に切なくさせられる。
 何もかも、早く自分に馴染んでしまえばいいのに。
 浅く穿っていた指を、徐々に深く強く沈めていく。
 指一本でも食い千切るような締め付けをしてくるに、趙雲の息も次第に荒くなっていく。
「すみません、。挿れて、いいですか」
 ちら、と目を向けたは、すぐに目を閉ざしてしまった。
 けれど、を支える趙雲の手に、『いい』と答えるように手を回してくる。
 たぶん、恐らく『いい』のだ。
 そう思うことにして、趙雲は自分の昂ぶりをの入口に導く。
 鈴口がの陰核に触れると、弾かれるように体が震える。
 すりすりと擦り付けると、の卑猥な愛らしい声が浴室の潤んだ空気を震わせた。
「……いいですか、。いい?」
 頷くに、だが趙雲は納得せずに問い続ける。
「いい? ちゃんと答えて、
 指の前戯で柔らかく解けた入口に、戯れに浅く沈めてすぐに外す。
 濡れた音を立てて跳ね上がる火照った肉に、の体は痙攣するように一際大きく震えた。
「子龍、いい、いいから、ね……」
 尻を擦り付けるに、趙雲はほっとしたように背後から抱き締めた。
 シャワーを止め、ひょいとを抱えて歩き出す趙雲に、は不意を突かれたように目を丸くした。
「ちゃんと付けて、そしたら思う存分しますから」
 バスタオルで手早く二人の水気を拭い取り、再びを抱える。
 と、が吹き出した。
「……何です、私はまた、何かしてしまいましたか」
「してしまったって……うぅん、子龍が子龍らしいことしただけよ」
 くすくす笑い続けるに、趙雲は憮然とする。理由もなく笑われて、嬉しい筈もない。
 はベッドの上に下ろされると、体を横たえずにそのまま座り込む。
 仕方なく趙雲も倣い、横に腰掛けた。
「子龍、私から子龍を誘うことって、あんまりないじゃない。どうしてか、分かる?」
「……いえ」
 しばし考え込んでみたものの、理由は思い当たらなかった。
 万事さばさばしたは、女の子らしく恥らってみせることはまずない。全力全身で好きだと表現するが、そう言えば自分からベッドに誘うことは稀であって、思い出してみてもそれ程ではない。
 は微笑み、視線を少し落とした。
「断られるのが、怖いからよ。駄目だって言われると、泣きたくなるの。だからよ」
 呆然とした。
 それは自分のことではないか。
 あの強気なが、怖い、泣きたくなる等と弱音じみた言葉を吐くとは思いも寄らない。
 まして、それが自分を対象にとは考えもしなかった。
「何故そんなことを」
 自分が断る訳がない、と趙雲は断言できる。
 先程とて、道端でさえなければそのまま襲い掛かっていたかもしれない。
 人目をはばかる分別は、自慢ではないがあるつもりだ。
 その趙雲が、何処の誰が乗っているとも分からぬ車が通ったと察知しつつもどうしてもキスを止められなかったのは、相手がだからに他ならない。
「だって、そんなの自信持てないもの。子龍が絶対私を拒絶しないなんて、思えないもの」
 好きだから、愛おしいから、有頂天になりきれない。
 調子に乗って、嫌われたら如何しようかといつも悩んでいる。
「そんな」
 突然の告白に動揺した趙雲が漏らすと、はむっとして趙雲を睨め付けた。
 泣き出しそうな子供のような、幼い、素の表情だった。
「そんなことないって、どうして言い切れるの。ずっと好きだなんて、どうして決め付けられるの。子龍はそうかもしれない、だって自分のことだもの。私は駄目。子龍じゃないもの。子龍の気持ちは想像できても、子龍の気持ちが本当にそうだなんて、自信ないもの」
 気持ちを疑っている訳ではない、とは付け足した。
「ただ、妄信できないの。したくないの。それじゃ、子龍が居なくてもいいってことになっちゃう。そうでしょ?」
 の言葉は、趙雲にはどうしても理解しきれない。
 けれど、想像でいいのなら、たぶん出来る。
 相手が自分を好きだと思い込めるなら、相手の意志などなきに等しい。
 本当のところはどう思っているのか、想像し、考え、慮り、それでこそ付き合っていると言えるのではないか。
 自分が相手を好きだから、何をしても何を言っても許されると思っているのであれば、それは自己愛の謗りを免れまい。
 それと同じように、相手が自分を好きだから、何をしても言っても許されると思うのであれば、それこそ自己愛の極みと言うべきだろう。
 趙雲は深々と溜息を吐いた。
「……貴女の言うことは、本当に、いつも難しいです、
 唇を尖らせるのを宥めるように口付けて、趙雲はの体に圧し掛かっていく。
「けれど、どんなに難しくても、私は貴女を理解したいと希っています。それは、分かっていただけますか」
 じっとを見詰める趙雲の眼差しに、の頬がやや上気する。
 しばらくして、こく、と小さく頷いた恋人に、趙雲の表情は優しく緩んだ。
。続きをしたいのですが、よろしいですか」
 趙雲は自らの昂ぶりを示すように、の腹へと擦り付けた。
 唇を尖らせたが、おずおずと足を開きつつも答える。
「そういうことは、一々訊かないのよ、子龍」
 これだ。
 憎まれ口だと分かっていれば可愛くもあるが、今さっきの話なのだから、もう少し譲歩してくれてもいい。
 それでも、差し伸べられる細い腕に込み上げるような愛しさを感じてしまう辺り、我ながら救いようがなかった。

  終

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