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TEAM魏は、K.A.Nにおいて最大最強勢力と言って良い。
それだけに、所属する社員の人数も多く、その管理には多少の労力を要する。
君主曹操の能力が如何に高かろうが、一人一人の些末な情報を全て管理するには至らない。
曹操の能力を以てすれば、その程度のことは……等と、まことしやかな噂が流れることもないではなかったが、逆に部下の管理能力を量る絶好の機を見逃す筈もないという真実味溢れる噂もあって、本当のところは伺い知れなかった。
さておき、社員または職務の些末な情報を取り逃さぬ為、あるいは円滑な業務の為に、曹操直下に当たるマネジメント部、というものがある。
実は、正式な部署ではない。
各々の部署はそれぞれなのだが、いざ事が起これば集合し、それぞれの部署の情報を伝達することになっている次第だ。
つまり、営業部であれば営業部所属の、広告宣伝部であれば広告宣伝部所属のマネジメント部員が、それぞれ居るという訳である。
各部署所属のマネジメント部は、情報の伝達のみならず少なくない数の『交渉』の任も請け負っている。
例えば、とある取引先があるとする。
通常であれば納品程度の取引しかなかったものが、何かの拍子に新たな取引が成立し、その派生で大々的なイベントが行われることになったとしよう。
その際、考えられる関係部署は、営業部、デザイン部、広告宣伝部等々、必ず複数に展開するのが自明の理だ。それぞれアクの強い部署であるから、必然的に大なり小なりの衝突が予想されるのもまた、自明の理であろう。
営業部が苦心して交渉に当たって獲得した数字は、デザイン部の理想を反映するには足りない試算となることもある。デザイン部が流行色を押せば、広告宣伝部の作成したポスターに口を出してくる可能性は高い。広告宣伝部の広告戦略が、営業部の金額交渉に重い負担とならないとは言い切れない。
ざっと挙げてもきりがない程、各部署間の『交渉』は多岐に渡る。
そこで登場するのが、前述の『マネジメント部』なのである。曹操直下の立ち位置は、伊達や酔狂で与えられたものではないのだ。各部署の威信を遺恨なく衝突させる為に、君主曹操の名が絶対不可欠だからこそ、そうなったまでの話である。
よって、マネジメント部所属の社員は、年齢の差こそあれ海千山千の猛者である場合が多い。
橙子の所属は企画戦略部であり、そのマネジメント部でもあった。
「橙子女史ー」
賈詡は、独特の間延びしたイントネーションで
橙子を手招いた。
「何」
自席に向かって一直線に進んでいた橙子のヒールが、きゅる、と小さな音を立てて右90度に曲がる。
黒いタイトスカートが描く緩やかなラインが美しい。
モデル立ちとは程遠いポーズだが、スーツの実力を見せ付けるという意味では、こちらの方が余程実用的と言えた。
フロアに敷き詰められた絨毯では、細目のヒールが奏でる硬質な音曲を楽しむに至らない。
曹操が一度、フロア全体の床を無機質なコンクリかリノリウムに変えてしまうか悩んだという噂もあったが、賈詡もまた、やるならそれくらいするべきだと賛同したという噂があった。
そんな奇態な噂が立つ程度には、だが、曹操はともかく賈詡という人物の奇特さは有名なのである。
「忙しいので、用があるなら三秒で」
「そりゃあ、挨拶したら即終了だね」
冗談に聞こえない橙子の戯言に、これまた冗談に聞こえない賈詡の戯言が返る。
この二人のやり取りは大概こんなもので、だから橙子の評判も、ある意味賈詡のそれに準ずると言って過言でなかった。
もっとも、人の噂を気にするような玉でもない。
敢えてどちらがと言及すると、当事者よりも周囲に角が立つ話だ。
「ちょっと、女史に交渉してきて頂きたい」
「相手は」
「郭嘉殿」
橙子は、手にした書類を傾けて、わずかばかり考え込んだ。
「……『酒泉』のオールドウィスキー、銘柄は譲ってあげるからワンショット以上」
あ痛、と賈詡が頭を抱える。
しかし、橙子は涼しげな顔をして扇代わりの書類を優雅にひらめかすのみだ。
「か弱い女性に指定した相手の対価としたら、そんなに痛くはない筈だけど」
「対価の面より、個人備蓄の面的に被害が大きいよ」
品揃えは一部高級品に限り充実したその店で、オールドウィスキーショットグラス一杯に付けられる価格は五桁を下ることはない。
賈詡も
橙子も、正直生半かには足を向けられない店だった。
それだけに、二人がこの『交渉』が重要だという認識を共有している証拠になるのだが、どれだけ周囲に認識されるか迄は、保証の範疇を逸脱する。
「この際、対価のもたらす付加価値にのみ目を向けるべきだと思わない?」
「付加価値がもたらされれば、そりゃあね」
気弱な言葉と思いきや、思わせぶりに見上げる賈詡の視線はあからさまに笑っている。
「……分かったわよ、じゃあ、成功報酬ってことでどう?」
「交渉成立」
差し出された賈詡の手を、
橙子は躊躇なく取り、爽やかな握手を交わす。
「ところで、宣言の三秒はとっくに過ぎたように思うのだけど」
冗談じみた宣言は、ちっとも冗談でなかったらしい。
「分かった、規約違反の詫びとして、『V』のウィスキーを一杯ご馳走しよう」
刃向かうことなく、賈詡は補填を申し出た。
橙子は、無言でにっこり笑う。
こんな他愛ないやり取りは、脳の軽いエクササイズのようなものである。
本当に奢ってもらうこともあるし、逆に奢ったり、一円単位まで割り勘することもあるが、金額云々を言うのは野暮の極みというものだった。
「じゃ、詳細はメールでよろしく」
背を向けようとした橙子を、賈詡は伸ばした人差し指一本で引き留める。
「補填は今夜じゃ駄目だったかな?」
詳細はその時に、と暗に告げられ、橙子は緩いウェーブの掛かった髪を掻き上げる。
「今日は、都合が悪いのよ」
「それは、間の悪いことを言ってしまった」
本当に悪いわ、と橙子は笑った。
「普通のデートだったら、こちらを優先してあげたのに。今日は、別れ話をしなくちゃいけないもんだから」
橙子の言葉に、今年入った新人が動揺して書類の束を薙ぎ倒す。
白い紙がばさばさと舞い散って、あたかも舞台の効果のようだ。
「それは、大変だ」
賈詡は力強く握り拳を作り、励ましの証とする。
「頑張ってくれたまえ」
大袈裟かつ芝居っ気たっぷりの賈詡に、
橙子は恭しくも軽く膝を曲げて応える。
書類を落とした新人は、何事もなかったようにそれぞれの仕事に戻る二人を呆然として見送る。
他の社員にどやしつけられるまで、書類を拾い集めることすら忘れていた。
これが、賈詡と
橙子の日常である。
終