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TEAM呉のフロアは、終業時間を迎えて解放感に満ちている。残業する者も少なくないのだが、それでも、定時まで確実にあった独特の緊張感は緩んでいる。
葵は、素知らぬ顔で通り過ぎようとした甘寧の裾を、意識するより早く握り締めていた。
勢い、コケそうになった甘寧に睨め付けられるも、そんなことは気にしたものではない。
「何しやがる」
仕方ないと悟ったか諦めたかは定かでないが、常の彼からすれば相当おとなしく、葵の手の甲をぺちんと叩く。
「いってー!」
大袈裟に飛び上がる葵に、甘寧は不機嫌そうに小さく鼻を鳴らした。
「こんなんで痛がるなってんだ」
「バカ、私ゃ手首痛めてんだっつーの」
目尻に涙を溜める様に、さすがの甘寧もばつ悪そうに頭を掻く。
「……そりゃ、何つーか……」
「電子レンジプレゼントの応募ハガキ書き過ぎちゃってさ、あー、でも、まだ五十枚くらい書かなきゃ」
呟きを遮った葵の言葉に、甘寧は口を閉じた。
「……自業自得じゃねぇか!」
「あんだよぉ」
葵にしてみれば、愛用していたレンジがわずか一年足らずで逝ってしまった関係で、この懸賞に当たるか外れるかで今後の生活が左右される訳だ。
「保証は。普通、一年足らずで切れねぇだろ、保証」
「あ、リサイクル品だったから」
甘寧は、呆れて物も言えなくなっていた。
「……ンなことより、ホレ」
白い目の甘寧に怯むこともなく、葵は満面の笑みで手のひらを差し出す。
「……何だよ」
「何だよって、何だよ」
沈黙が落ちた。
「……何だよって何だよって、何だよ?」
「何だよって何だよって何……」
「だー! もういいっ!」
短気な甘寧がキレて、葵は目を瞬かせる。
「だから、ホワイトデーのお返しは?」
「……あ?」
眉間に皺を寄せる甘寧の形相は、ちびっ子なら半泣きになって逃げ出すくらいには恐ろしい。
「あ? じゃなくて、お返し」
ただし葵にしてみれば、何の感慨も湧かない、常の表情である。
悪びれもせずにぐいぐい手を差し出す葵に、甘寧は口をへの字に曲げた。
「ンなもん、用意してねーよ」
「はあ!? お返し目当てじゃなくて、何でチョコあげたと思うのさ!?」
甘寧も甘寧だが、いい加減、葵も素直である。
「……うああ、お返しないって分かってたら、自分で食っちまうんだったー」
嘆く葵に、甘寧は苛っとした顔を隠さない。
ちょっと待ってろと言い捨てると、踵を返して自分のデスクに戻る。
「ほらよ」
ぽいっと投げて寄越した箱に、葵はけろりとしてわぁいとはしゃいだ。
「何だ、用意してないってちゃんと用意して……あれ」
見覚えのある包装に、葵が固まる。
「……これ、私があげた奴じゃーん!!」
「お前が今、自分で食いたいっつっただろうが!」
子供のように、キャスター付きの椅子を回転させて駄々をこねる葵に、甘寧も肩を怒らせて怒鳴り返す。
「俺ぁ、こんな甘いもんは早々食わねぇんだって言っただろ!? それを、無理矢理押し付けて来たのはテメェの方じゃねえか!」
「無理矢理だろーが何だろーが、受け取ったのはあんたじゃんか! 受け取ったからには、お返し用意すんのが筋ってもんだろ!」
怒鳴るだけ怒鳴ると、葵は低く唸りながらデスクに突っ伏す。
「愛が足りないんだよ、愛がー」
その呟きに、甘寧が目を丸くする。
「あ、愛ぃ?」
甘寧の声が裏返り、そのあまりのキテレツ振りに葵がぱっと顔を上げた。
自身の失態を覚ったか、甘寧の顔が赤く染まる。
おや、と葵はさりげなく胸の下を押さえた。
体の奥の方が、ずくんと脈打ったような気がしたのだ。
甘寧に気付いた様子はない。
「……つか、お前ぇの方こそ、好きで寄越しておいてなぁ」
その呟きに、これまた葵が過剰に反応する。
「す、好きぃ!?」
裏返り、かつあまりに大きいその声に、フロア中の視線が集まる。二人して同時に口に指を当て、誰に向けててでもなく『しー、しーっ!』と騒ぐもので、却って人目を引く始末だ。
もっとも、皆慣れたもので、反射的に目を向けたものの、原因が二人と察した途端に興味を失う。
分かってないのは、当の二人くらいなものだ。
「……目立つだろ!?」
「あんたこそ!」
小声のつもりらしいが、そこそこ大きい声量に、これまた大きな溜息を吐いた者が居た。
呂蒙だ。
またも二人同時にうっと詰まり、二人して肩を竦める。
「……呂蒙課長に溜息吐かれちゃっただろ」
「お前ぇだって……あー、もーいーわ」
疲れ切ったようにしゃがみ込むと、甘寧は至って面倒臭そうに葵に上目遣いの視線を向ける。
「……したら、今日呑みにでも行こうぜ」
「はぁ?」
何がどうしてそうなるのか。
葵が面食らっていると、甘寧は小馬鹿にしたように溜息を吐いた。
「だーかーらーよ。それまでに、どっかで何か見繕ってくるってんだよ。そんで、合流して渡す。な?」
「あー、なるほどね」
言われてみれば至極納得で、葵はこっくり頷いた。
「じゃ、後で連絡頂戴」
「おう。って、俺ぁお前ぇのケー番知らねぇぞ」
ならばということで、その場で携帯番号を交換する。仕事用の携帯はあるのだが、一応私用禁止となっている。その辺、何故か甘寧は律儀なようだ。
じゃあなと甘寧が立ち去ると、足を忍ばせて葵の横に立つ人影がある。
「姐さん、いいの?」
理由は定かでないが、凌統は葵を姐さんと呼ぶ。
「何が?」
凌統の疑念にさっぱり心当たりのない葵の様に、凌統は芝居掛かった仕草で肩を竦めた。
「……あのさ。物渡すだけなら、その辺のコンビニやら駅ビルやらですぐ買って来れるだろ? それを、わざわざ後で合流とか呑みに行くとか、何かヤバくないかっての」
「……何が?」
未だ分からない風な葵に、凌統は苦笑を隠さない。
「……ま、姐さんなら大丈夫か」
それでも、気を付けてねと念押しして去っていく凌統に、葵は軽く手を振った。
さて帰ろうと、デスクの上を軽く整理し、引き出しに鍵を掛け、愛用の鞄を取り席を立つ。周囲の上司や同僚に軽く挨拶してフロアを後にし、一人エレベーターホールに向かった。混雑しているエレベーターに何とか乗り込むと、ワイヤーが巻き上げられる独特の機械音が箱の中に響く。
「……ぅああっ!」
そこそこ大きな箇体とは言え、広くはないエレベーター内である。
声の主である葵に視線が集中するが、葵自身はそれどころでない。
――そーかそーか、ヤバイって、いわゆるそういうことなのかぁぁぁっ!
赤面どころでなく、そのまま高熱でぶっ倒れてしまいそうな勢いの葵に、居合わせた数人は視線の色を不審から心配に変更する。
けれども、やはり葵は気付けない。エレベーターが一階に着くと、長身を活かした無意識タックルで前に居た人々を押し退け、そのままふらふら歩き始めた。
主に豊かな胸で押されたせいか、苦情を申し立てられることもなく、故に我に帰ることも出来ず、
葵は移動を続ける。
けれども、会社を出てすぐの交差点で、葵の足はぴたりと止まった。
そんな状態でも信号を守れる辺り、大概である。呂蒙辺りが見ていたら、またもや溜息を吐くところだっただろう。
信号が青に変わった瞬間、ジャケットのポケットに仕舞っていた携帯が突然震える。
葵が飛び上がると、その長身故に、まるで人混みという海から飛び上がる鯨の如くだ。
「は、ははは、はい!?」
『何、笑ってんだよ』
相手も確認せずに出た相手は、やはりと言おうか当然甘寧だった。
『今、どこだよ』
甘寧の声が、妙にくすぐったい。
耐え切れずに思わず携帯を遠ざけた葵は、返事もせずに無視をしたと、後で甘寧にしこたま怒られることになる。
この日、何事もなく呑むだけ呑んでの解散となったのだが、この日以来、葵は妙にくすぐったがりになってしまった。
理由は、定かでない。
終