が蜀に仕官してから、それなりの期間と実績が積み重ねられてきた。
関平の元で才を発揮したは、関平からの信頼も厚く、また軍師として最も生かされる能力は、どちらかと言えば武一筋の関平にとって、なくてはならぬものだった。
「あらば、拙者の軍は精強と称しても過言ではないと存じます!」
何時だったか、酔った関平が義父である関羽にそう自慢していたのを聞いた。面映い一面、胸に翳りが差すのが否めない。
この方に取っては、私はただの軍師に過ぎぬのだ……。
は、年下の上官である関平に想いを寄せていたのだった。
の才を見込んで、何度か密書が届いたこともある。それを盗み見た軍師達に、埋伏の計を勧められたこともある。
だが、はどうしても関平の元を離れる気にはなれなかった。よしんば埋伏の計に赴いたとしても、関平への想いが何時どんな形で露見してしまうとも限らない。そうなれば、埋伏の計どころではない。関平にも、自分の想いを知られてしまう。
殺されるのはともかく、関平に知られることだけは嫌だった。
純粋な彼である。もし、の邪恋を知ったら、どれだけ傷つくだろうか。
――いや、私は彼に傷つけられるのが怖いだけだ……。
どんなにか怒り、激しく叱咤されるだろう。関平の口から吐き出されるであろう罵倒の数々を想像しただけで、背筋が凍るようだ。
秘密にしなければならない。
どんなことをしても。
夜遅くに突然関平に呼び出されて、はやはり嬉しさを抑えきれずにいた。
関平は、自分を頼りにしてくれている。そう実感できた。
衣服を手早く改め、こっそりと肌に香油を塗りつけた。高価なものだが、は唯一の贅沢として愛用している。
先日、関平がこの匂いに気付き、は頼まれて同じものを関平に贈った。関平は代金を払うと言ってかなり粘ったが、が是非にと押して関平が折れた。
自分と同じ香りを関平が匂わせている。
には、何とも背徳的な、扇情的な共有感を覚えた。
夜、寝床に入り熱を持て余すと、香油を嗅いで慰めた。関平を腕に抱いているような気になる。
一夜で二度か三度は熱を放出させた。
目を瞑れば香油の匂いに誘われて、不埒な関平の裸体を想像する。
昼の光の下では無垢な若い将が、月明かりに白い肌を戦慄かせてを誘惑する。
頼む、お願いだと縋ってくる関平の妄想は、やたらと現実味を帯びて卑猥だ。
だから、蝋燭の灯りが揺らめく幕舎の中で関平を見た時、一瞬妄想と現実が重なってしまったのも無理からぬことだった。
「……どうした、。どこか、具合でも」
心配そうに見つめる関平の目は清らかで、は妄想に取り付かれた己を恥じた。
やはり、知られてはならない。この方に知られたら、私は生きていけない。
決意を新たにして、関平と二人きりの軍議を始めた。
明日の戦、関平軍は裏道を抜けて敵の補給地点を襲撃する。大事な役割だ。失敗は許されない。だからこそ、関平も一度は突き詰めるだけ突き詰めた段取りを、もう一度確認したいと思ったのだろう。
緊張して肩に力が入っているのが見て取れて、には逆に好ましかった。
にこにこと笑うに、不真面目さを感じたのか関平がきろりと睨みを利かす。慌てて咳払いして誤魔化し、更に関平の意識を逸らせるべく会話の糸口を探した。
「そう言えば、香油はお使いになっておられますか」
気が解れましょう、と付け足すと、何故だか関平の顔が曇った。おや、と訝しげに関平を見つめると、困ったようにの視線を避けてしまった。
「……その、零してしまって」
そんなことを気にしていたのか。
少し安心して、またお持ちいたしましょうと気安く申し出ると、関平はますます困ったような顔をした。
「いや、そんな……は、拙者の部下なのだから、拙者に気を使う必要はない」
ただ、関平が受け取ってくれさえすればにはそれに勝る幸福はないのだ。けれど、そう言うのは憚られて、も俯いた。
関羽からの伝令がやって来たのはその時だ。
こんな夜更けに、何の用かと訝しく思っていると、関平も戸惑っているらしい。なお困惑した顔でを見つめてくる。
「……関羽将軍のお呼び出しとあっては致仕方ございません。私のことは気になさらず、いってらっしゃいませ」
すまない、と頭を下げる関平に、の方が慌てさせられる。部下に対する態度ではない。
そんな関平が、愛おしいのだが。
自分に与えられた幕舎に戻ろうとして、ふと己の手にあるものに気がついた。明日の侵攻路程を記した竹簡だ。慌てていたので持ってきてしまったらしい。
ないと知れば、関平がどれだけ焦るか知れたものではない。は急ぎ道を駆け戻った。
関平の幕舎から、ちょうど関平が出て行くのが見えた。声を掛けようとして、竹簡一つで呼び止めるのも申し訳ないかと踏み止まった。竹簡は、元の位置に戻しておけばいいだけなのだから。
関平が去り、は衛兵に事情を告げ、中に入る。
――おや……?
幕舎の中の空気に、先程までまったく感じなかった香油の匂いが染み付いている。零したのだと言っていたのに、如何いうことだろう。
竹簡を仕舞い、関平の使っている牀に目をやる。
牀の端の方に、まるで隠すかのように香油の瓶が置かれている。しかも、牀の上に零れてしまったと思しき香油の染みが、点々とついていた。
は首を傾げた。
嘘そのものが関平に似つかわしくないものだ。
は、胸に沸き立つ黒い霧に急かされて幕舎を後にした。
密偵の技能をも併せ持つには、味方の陣を人目も付かず移動するなど容易いことだった。関羽の幕舎に辿り着き、そっと幕舎の隙間から耳をそばだてる。中から人の声が聞こえてきた。関羽と、関平のものだ。
は、愕然として耳を離した。
恐る恐る、もう一度二人の声に耳を傾ける。
――あぁ、もう、おやめ下さい父上。
――何を言う、己で慣らして儂の元に参ったからには、そなたも元よりそのつもりだったのだろう。
慣らす。
はっとした。牀に置かれた香油の瓶、あれは、後孔を傷つけぬ為の準備に使ったのだ。
だからこそ関平は嘘をついた。の申し出に戸惑った。
純粋無垢と信じていた関平に、思いがけない泥臭さを見て、は呆然としていた。
「何をしている」
微かな声に、飛び上がるようにして背後を振り返れば、趙雲が涼しげな顔をして立っていた。
気配にまったく気がつけなかった。
言い訳しようと口を開きかけ、その口を手で覆われる。半ば羽交い絞めされるように、闇の中に引き摺り込まれた。
抵抗しようと思えば出来たはずだ。けれど、突然突きつけられた衝撃の事実に自身が打ちのめされてしまい、体に力が入らなかった。
どれくらい奥まで来ただろうか、趙雲の手がを開放し、はへたり込むようにその場に崩れた。
林の奥の方なのだろう、重なった幾重もの枝葉の間から月が煌々と照っていた。
「……知らなかったのか?」
問われて、では趙雲は知っていたのだと情けなくなった。
関平の副官として、彼のことは何もかも知り尽くしていると自惚れていた。肝心要のことだけは知らなかったという間抜けぶりに、目頭に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
「関平も、お前に知られるのを恐れているようであったしな」
趙雲の言葉には、何の救いも見出せない。唇が震え、何か言おうにも声が出ない有様だった。
よろよろと力は入らないが何とか立ち上がり、自分の幕舎に戻ろうと足を向ける。
その体が、地面に倒された。
地べたから見上げると、趙雲が膝を屈めてを覗き込んでいるのが見えた。
「な、何を……」
「受け止めてやろう」
言うなり、趙雲はを組み敷いた。合わせた襟が左右に分けられ、整った裸体が夜の帳の中で晒される。
趙雲が何をしようとしているのか計りかねて、は晒された己の胸の辺りと趙雲の顔を交互に見比べた。
冷笑ではない、けれど何処か寒さを伴った笑みを浮かべ、趙雲がの唇を吸う。
舌を絡め、吸い、時には甘く噛みながら、長い口付けは続いた。
互いの唇が離れ、細く銀の糸を引く頃には、の体はかつて知らぬ不可思議な熱に浮かされ、
ぐったりと横たわっていた。
呼吸を確保する為に薄く開かれた唇に、趙雲が手巾をねじ込んだ。
「いい思いもさせてやろう。しばらくは、耐えるのだぞ」
何を言っているのか分からない。けれど、趙雲は慣れたようにの下帯を解き、股間を露呈させた。夜の冷たい空気が布で覆われていた温かく柔らかい皮膚を冷やしていく。
だが、のものは存在を主張するように天を仰いでいた。
趙雲の指が絡まる。初めて他人に触られる刺激に、はぎょっとした。自分で触れた時の数倍、数十倍の愉悦に息苦しさを感じる。
手を伸ばして押し留めようとするのだが、体から力が抜けていて思うようにならない。やっと手が届くと言うところで趙雲に弾かれてしまう。手巾を外そうと口元に手をやれば、その手も叩き落されてしまう。
的確に阻止し与えられる痛みが、を自虐の悦に陥れた。そのうちに、痛みが走るたびに先端から漏れ出す気を感じるまでになる。
を追い詰める指は容赦がない。
「……っっっ!」
こってりと濃い精が、趙雲の指で扱かれるたびにびゅくびゅくと溢れ出した。
ようやくのものが萎えると、趙雲はの腹に落ちた大量の精液を掬って後孔に擦り付ける。濡れた指が戯れに忍び込んできても、くぐもった悲鳴が短く漏れるのみだった。
硬い爪の感触が、腹の中をみりみりと探っていく。
何時の間にか膝を立て、腕で趙雲が動きやすいように体を支えていた。
息が上がる。悲しくもないのに涙が零れ、ぼやけた視界はなおのこと夢を見ているような感覚に貶める。
複数忍び込んでいたらしい指が、一気に引き抜かれた。顎を逸らして衝撃に耐える体は、苦痛以外の感覚に戸惑って揺れる。
後孔に、何か熱くて濡れたものが押し当てられた。
「……関平の中にも入ったものだ。味わうといい」
関平の名を出され、背筋をぞくぞくとしたものが駆け抜けた。
趙雲のものが侵入してくる。
「……ぅぐっ……」
キツく巻き締めて趙雲の侵入を阻もうとする腸壁も、先に慣らされた時に塗り篭められた精液が潤滑剤となって抵抗しきれない。
「力を抜け」
趙雲の美麗な顔の線に汗の珠が流れて落ちていく。
痛みに意識の大半を持って行かれたは、それでも趙雲に答えて首を横に振った。
「そうしていると、本当に関平を思い出すな」
関平の名を出された瞬間、の抵抗が緩んだ。隙を逃さず押し込まれ、また痛みに眉を顰めた。
しかし、亀頭が全て収まってしまえば、後はずるずると含まされるだけだ。直に根元まで押し込まれ、は痛みに体を強張らせた。
「なかなか、こうはうまくいかないものだが」
趙雲も荒く息を吐きながら、の耳元にひそひそと囁きかける。
「やはり、関平の副官だけある……お前と関平は、そっくりだ」
突然、体がまったく違う何かに変じてしまったように痛みが消えた。代わりに、ぞくぞくと背筋を快楽が駆け抜ける。
趙雲にもそれが分かるのか、ゆっくりとではあったが腰を打ちつけ始めた。
腸壁の表面に、快楽の引火点がある。趙雲が腰を打ち付けるたび、その点を擦り上げられておかしくなりそうになる。
雑草の根を掴み、趙雲の背に縋りそうになるのだけは耐えた。
それを見た趙雲の動きが、激しく乱雑なものに変わる。それでも、爪を地面に突き立てては耐えた。
「……強情なところも、そっくりだな」
呆れたように笑う趙雲を、睨みつける。
「潤んだ目で睨んでも、逆にそそるだけだろう。お前は女を抱いたこともないのか?」
何をどうしても、趙雲の嘲笑に転ずる。
は、固く目を閉じ趙雲から開放されるのを待った。
揺さぶられ、湧き上がる熱で汗がぱたぱたと落ちていく。
「くっ……」
趙雲が歯を食いしばり、痙攣したように体を戦慄かせた。
終わった、という安堵は僅か一瞬で、身の内を迸るおぞましい粘液の感触に、は悲鳴を上げた。
趙雲は、己の身繕いをのみ済ませると、汚れたをそのまま置いて去った。
去り際、早く幕舎に帰らないと、そこらの兵士がお零れを貰いに寄って来るぞと笑って言った。
趙雲の気配が完全に消えてから、は口の中に突きこまれた手巾を引き摺り出した。嘔吐感がを襲ったが、如何にか堪えた。
唾液で湿った手巾で股間を拭い、低木の根元に押し込んだ。こんなものを拾われてもたまらない。
体はまだ衝撃から抜け出せていなかったが、は震える指で身繕いを済ませると、木の幹に指を掛け立ち上がった。内臓がぐらりと揺れたような感覚があって、は幹に縋ったまましばらく呼吸を整えた。
「……馬鹿にして下さる……」
趙雲は、が関平を憎むのを防ごうとしたのだろう。が関平を慕っていたのを趙雲はその気配から察知し、蹂躙することで怒りの矛先が趙雲にないし分散することを期待したに違いない。
「人の感情は、枡で計れるものでもないでしょうに……」
単に憎む人間が二人に増えるだけのことではないか。
「趙将軍も、所詮は武人。人の心の機微には疎くていらっしゃるか」
涙が零れた。
想いが報われぬからと憎むのであれば、とっくに憎んでやまないと思う。憎んでも、嫌おうとしても、なお離れられずにいるから私はここに居るのだ。
「……まったく……掘られ損という奴ですか」
せめて優しく抱いてくれればいいのに、男相手では手の抜きぶりも甚だしい。明日の侵攻に響きでもしたらどうする。
そんなことを考えていると、今度は笑い出したくなった。
存外、自分は冷静だ。
人を想うと、感情が定まらなくなる。
関平の有能な軍師であり続けるには、関平への未練をここで断ち切ってしまった方がいいのかもしれない。
敵軍に仕官することなど考えられなかった。
想いを振り捨てても、望みを消し去っても、ただ彼のそばで戦場を駆けることが出来るなら、それでいい。
今宵はもう眠ってしまおう。
趙雲に引き摺り込まれた林を抜けると、先に立ち去ったはずの趙雲がそこに居た。
「案外、さっぱりとした顔をしている」
は、趙雲を睨めつけてその横を通り過ぎた。
「この決着は、明日、戦から戻ったらさせていただきます」
趙雲は肩を竦め、わかった、と呟いた。
どうしても心が静まらなければ、趙雲相手に発散させてやることにしよう。趙雲自身が自ら志願して仕掛けてきたことだ、文句は言いはすまい。
「趙将軍は、物好きでいらっしゃいますな」
「我ながら、そう思う」
何時の間にか肩を並べて歩きながら、二人は他愛のない会話を続けた。
終