■上巳の節供


その日、午前の部の訓練と使用した武具の片付けを終えて祭りに出掛ける頃には 太陽は真上から少し西に傾き始めていた。

『上巳の節供』、『重三(ちょうさん)の節供』
踏青ともいい、除災の風習であり、川辺で青い草を踏み、川の流れで身を清め禊を行うものである。
王侯貴族達はその後に宴を張る習慣(河での禊ぎと宴会をミックスし優雅にしたものが「曲水の宴」)があるが、蓮花らには縁のない世界の話だ。

互いに「冷たい」と言いながらも禊を済ませると、やはり目的は道すがら幾つもあった屋台にある。
桃花酒を振舞うところもあれば、上巳の節供に付き物のの草餅(母子草を入り)を売る店
梅干し(塩漬けや干したりするが、最終的には塩抜きをして砂糖水を加えるか、それとも砂糖漬けにして、1個ずつしゃぶる)を売る店
飴細工の店、装飾品などを扱う店など 通りの両脇に犇めき合うように並んでいた。

「あれ?」

ふと気が付けば蓮花は同室である他の五名と逸れていた。
先ほど皆して桃花酒を振舞われるままに口にしたまでは覚えている。
桃の花は「邪気をはらい長命をもたらす強い生命力の象徴」といわれ、
また、故事には「水に流れる桃の花を汲んで飲んでみたところ、気力が充実して300歳まで長生きした」という話もある程で
大変縁起の良いものなので、あちこちで振舞われているのだ。

   たしか、咲大姐は日用品とかあったら見たいって言ってたよね?!
   愛隣二姐と雪妹々は咲大姐に付いてくって言ってなかったっけ?
   夢維妹々は嬉々として「食べて遊ぶぞー!」って、友貴小姐(シャオチエ)の手を引っ張りながら言ってたよね?
   ……あれ?あたし、逸れた?

桃花酒を「美味しいね」と飲んだまでは一緒だった はずだ。
その後、その隣に店を構えていた飴売り職人が器用に作り上げる飴細工の数々に目を奪われていたのだ
なにか声を掛けられたような気もするし、返事をしたような覚えもあった。

   ど、どうしよう?万が一門限に遅れちゃったりしたら・・・・
   一晩門の外で夜を明かさないといけなくなっちゃうよぅ

一瞬そんな怖い現実が脳裏に浮かぶが、ほろ酔い気分の蓮花はまぁ何とかなるだろうと気を取り直した。
沢山の人がいる此処で、集合場所も覚えていないというのはかなり致命的なのだが
そんなことは脳裏に欠片ほども浮かべぬままあちこちの店を見て回っていた。
そして別の場所でまた桃花酒を勧められ、断りきれぬまま(勿体無いので)口にして
ほんわかと気分良く歩いている(つもりの)蓮花は、傍から見たら聊か危なっかしい足取りに見えただろう。
それまですれ違う人達とぶつからなかったのは奇跡かもしれない。
勢い良く走ってくる子供を避けた拍子に近くにいた誰かとぶつかり。反動でよろけて転んでしまう。
みっともなく「ほえーっ」っと奇声を上げて。

うっかり受身をとりそこね、顔から転び鼻の頭を擦り剥いた痛みと
手にしていた練り飴を落としてしまったショックで我に返った。

「あぁっ あたしの練り飴っ!」

慌てて拾い上げ僅かに砂が付いただけで、払い落とせば食べられないこともないと判って安堵する蓮花。

「貴女、大丈夫?」
「はい?」

声のした方を見上げれば、自分とはあまり歳の違わなそうな小姐が心配そうに中腰姿勢のまま蓮花を窺っていた。

「だ、大丈夫です」

差し出された手をとり立ち上がりつつ、蓮花は醜態を晒してしまったとあわあわと慌てふためいた。

「大丈夫なら良いんですけれど。人出が多いですから気をつけてくださいね」
「あ、ありがとうございました」

取り敢えず会釈をしつつ礼を述べたものの、気恥ずかしさからそそくさとその場を立ち去った。

   やーん、穴があったら入りた〜〜い!

互いに雑踏に紛れてしまった為もうその姿は確認できないが、もう少し丁寧にお礼を言えば良かったと蓮花は思うのだった。

「―花!蓮花ーっ!」

何処からか自分を呼ぶ声がすると辺りを見回せば、人垣の向こうでぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振っている夢維の姿が見えた。

「遅いよー」
「ごめんなさい」

集合時間はとうに過ぎていたらしい。

慌てて転んだんでしょ?服に砂が付いてる。
蓮花は焦ったりすると途端にそそっかしくなるよね。
怪我は無かったの?
少し早めに集合時間を決めてあったから、門限にはちゃんと間に合うわよ。

時間に遅れてしまった蓮花を叱るどころか、逆に色々心配し声を掛けたり、服に付いた砂を払ったりしてくれ、その心遣いに申し訳なくなる蓮花だった。



そしてこの日に出会った小姐が自分等と同じ巫女であると知るのは
まだ 先の事であった。




【おらくる様のComment
す、すみません(土下座)
色々お伺いしたのに、活かしきれてませんですた。

ここは違うとかってありましたら ご指摘願います。
即効直しますので(ぺこり)

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