「これを」
愛羅の手に斬馬刀を押し付けると、関平は去って行った。
いきなり現れていきなり押し付けての話だから、愛羅には何のことやらさっぱり分からない。
磨いておけとでも言うつもりなのだろうか。
だが、それではもう片方の手に握っていた神龍昇天刀の説明が付かない。
関平が命よりも大切にしているらしいと専ら評判の刀は、愛羅が手にした斬馬刀より見た目も威力も数段上の逸品だ。磨かせるならそちらだろうし、そも愛羅に触れさせはすまい。
では、これは一体何なのだ。
愛羅が斬馬刀を手に途方に暮れていると、背後から涼やかな声が掛かる。
まさかと思いつつぱっと振り返れば、まさかはまさかでなく本当に星彩が立っていた。
軍が違うこともあり、遠巻きに見掛けたことこそあれこんな間近で面と向かって話し掛けられるのは初めてだった。
「貴女……そう、貴女が選ばれたという巫女なのね」
見かけない顔をいぶかしんだのだろうが、真新しい装束を見てそれと覚ったらしい。
じろじろと見回すような無作法こそされなかったが、心の奥底まで見透かそうとするような黒々とした目にたじろぎ怯んでしまう。
「ごめんなさい」
星彩は、はっと我に返ったように目を伏せた。
「本当は、私が行きたかったの。だけど、女は巫女として選ばれなければ行くことは出来ないと言われてしまったから」
小さく溜息を吐く星彩に、愛羅は恐々と訊ねる。
「嫌じゃ、ないんですか?」
「どうして?」
間髪入れず、それこそ愛羅が何を言っているのか分からないとでも言うように、星彩の目が丸くなる。
「だ、だって、幾ら何でも、あんな宙に浮いた山に……」
普段は何事にも前向きな愛羅だが、さすがにここまで異常な事態にただの兵卒たる自分が巻き込まれるとは思っても見ない。
命の保障もない任務に、どうしても尻込みしてしまう。
と、星彩はふっと笑った。
馬鹿にしているようではなく、愛羅にはその笑みの真意が読めなかった。
「貴女、この国が好き? 国でなくともいいわ。誰か、好きな人は居る?」
「え」
「そうしたら、怖くなくなるわ」
愛する国の、愛する人の為だと思えば怖くない。
一途で直向な言葉は、発する者によっては戯言の一言で片付けられてしまいそうな言葉だ。
けれど、星彩が言うと突然重々しくなる。
言葉に現実と言う響きが備わって、やけに生々しく感じられた。
「それ」
星彩の指は、愛羅の手に在る斬馬刀を差していた。
「関平のでしょう? 貴女を信頼するという証だわ。どうか、応えて上げて」
愛羅が得たかった答えを容易く明かし、星彩はその場を去った。
「信頼って」
企みごとや悪戯の看破は得意な愛羅だったが、関平のあまりにも率直かつ飾り気ない信頼の寄せ方は、あまりに真っ直ぐ過ぎて読み切れなかった。
嫌がってるの、知ってる筈なのに。
命令は絶対だし、それ以前に愛羅が巫女に選ばれたことは知れ渡ってしまっている。もしも異変解明の任に背けば、蜀軍での愛羅の居場所はなくなってしまうだろう。
あたしが行くの、嫌々なんだから。
それを見越して尚信頼するという証を贈った関平に、愛羅の胸はさざめいた。
――好きな人が居たら、怖くなくなる。
星彩の言葉と関平の顔が重なり、愛羅は斬馬刀を取り落とした。
慌てて拾い上げようと屈むが、自分の顔が赤くなっていることに気が付く。それも、相当だ。
何で!?
自分が行くのは嫌々なのだ、蓮姐や黎姫姐が行くというから、ならば自分も仕方なく行こうと決めただけなのだ。
胸の内で再確認するも、一度波紋を描いた胸の内は、なかなか静まろうとはしてくれなかった。
終
【双屋のComment】
武器を差し上げた件を書けなかったので、補足と言うことで。
ちなみにイラストにも加えましたが、お気付きの方はいらっしゃったのでしょうか。
斬馬刀は地味だからわかんなかったかも知れませんが(・∀・)