楽しげに、蓮がふがふがと鼻歌混じりで歩いている。そこへ声がかかった。
「蓮姐!」
うん?と、声のしたほうを見れば愛羅と黎姫が並んでいる。駆けてくる愛羅の後ろから、小走りで黎姫もやってきた。
「蓮姐、何持ってるの。いい匂い、おいしそう!」
蓮の手元に視線をやった愛羅の目がきらきらしている。
「うん。丁度良かった。二人とも、今からお茶でもいかが?」
「するする!」
◇ ◇ ◇
そして、3人で卓を囲んでいる。その上には先程まで蓮が抱いていた、一口大の饅頭が盛られていた。それぞれの手元には黎姫が淹れた茶が湯気を立てている。
「黎姫の淹れたお茶は美味しいわねぇ…」
などと、のんびりした蓮に焦れたのか、愛羅が、ねぇねぇ、と口を開いた。
「ね。蓮姐どうしたの。食べていい?」
蓮が返事をしようとしたのとほぼ同時に、愛羅の手が伸びて、ひょいと一つ饅頭を掴むと口に入れた。
「あ」
「あったか…………んう!?」
みるみるうちに愛羅の眉間に皺が寄り、蓮を見る。
「愛羅?」
「…ああ、もう。お茶飲みなさい」
傍らの茶碗を取ると、愛羅は一気に飲み干した。黎姫が空いた茶碗に注ぐと、それも直ぐに飲んでしまう。
「…愛羅…?」
心配そうに黎姫が愛羅の顔を覗き込んだ。
「うう。黎姫姐ありがとう………っていうか、蓮姐、これなに!なんかこう…どろっとしてる!」
その食感を思い出したのだろう、自分を抱いて体を震わせる。
「どろっと?うーん、多分、それは魚かなぁ…」
「魚、ですか。多分って…蓮姐さま」
「ええと、どこから説明しようか」
事の次第はこうである。蓮の馴染みの饅頭屋が新しい饅頭を売り出すことにした。が、何を具にすればいいのか、というそもそもの時点で詰まってしまった。そこで、今まで試した事の無い物を入れてみればいい、との蓮の言葉で、色々な種類の試作品を完成させた。色々食べ比べた結果、何種類かに絞り込んで商品化することになった。しかし、大量に作った試作品がまだ残っており、そのいくつかを蓮が引き取ってきたのだった。
「…っていう…ね」
「へぇ」
「そうだったんですか」
愛羅と黎姫の視線が卓の真ん中に鎮座している饅頭へ向かう。
「ただ、持ってくるときに全部一緒にしちゃったから、割って確認してから食べたほうがいいわ」
「…蓮姐、それを早く言ってよ」
「言おうと思ったら食べちゃったのよ」
「そっかあ」
言いながら、愛羅は新しい饅頭へと手を伸ばし、黎姫もそれに習って一つ取る。
「…?蓮姐、これ何?匂いは…甘い…」
愛羅が割った中には、白い半透明な餡がとろりと包まれている。
「ああ、それは桃ね。煮詰めた桃が入ってるのよ」
ほー、と頷いて愛羅がぱくっと一口で食べ、ふにゃり、と表情を緩ませた。どうやらお気に召したらしい。妹の表情に蓮もつられて頬を緩める。
「良かった。黎姫は?」
蓮が反対側の黎姫に視線を移すと、黎姫が首を傾げていた。手元には真っ赤な餡が入った饅頭がある。
「蓮姐さま、なんだか…ちょっと…」
黎姫の鼻につん、とくる匂いはその味を間違いなく想像させた。
「ああ、それは私が食べるわ」
「でも…」
「甘いのがほとんどだから、他のを食べなさい」
蓮が黎姫の手から饅頭を取り上げ、代わりに別の饅頭を渡す。二つになった片割れを口に入れたところで、もう片方を、愛羅が見つめているのに気がついた。
「そっちは何?」
「激辛。食べてみる?」
蓮がさらに半分に割ると、愛羅は頷いて受け取り、そしてぱくりと口に入れた。
「…………!!!」
驚いたのか、ぴん、と背筋が伸びて、慌てて茶碗に手を伸ばした。
「………辛いよ…」
「そうなのよ。ちょっとやりすぎた感じがして…。あ、黎姫、次はどう?」
「あ。はい、これです」
饅頭を置いて、愛羅に新しく茶を注いでいた黎姫が、断面を蓮に向けた。今度の餡は黄色い。
「黎姫姐、今度はなに?」
「芋、ね」
うん、大丈夫、と蓮が言うと、黎姫は安心したように微笑んで、半分を口にした。どう?と蓮が視線を向ける。嚥下した黎姫は顔を綻ばせた。
「おいしいです」
「良かった」
◆ ◆ ◆
「おなかいっぱいー」
「沢山食べました…」
盛ってあった饅頭は全て消えている。ところどころ変り種に当たった以外は、最初に蓮が言った通り甘いものばかりで、黎姫と愛羅を喜ばせた。
【蘇芳様のComment】
義姉妹な3人ののんびりした日の話、です。
蓮がいかに妹たちが好きなのか、という話でもあります(笑)。
紫風さん、毅本さん
黎姫嬢と愛羅嬢の貸し出し、ありがとうございました。
挿絵:毅本様(Comment等はこちら)