憧憬

 蜀の地に来てからの艾梵は与えられた室に籠りがちで、下手をしたら一日誰とも会話を交わさないで終わりそうなくらいだった。
 現代人の艾梵に出来る事はとても少なく、また関羽が話を通しておいてくれたのであろう 蜀でも書簡を借りれるようになっていた為、日がな一日卓について書簡と睨めっこの日々を過ごしていた。
 そんな艾梵のもとへ燈珂はほぼ毎日のように足を運んでいる。
 日がな一日子供達の相手をして疲れているだろうに、そんなことはおくびにも出さずに、だ。
 時には夕餉をどちらかの部屋で一緒にとったあとだったり、そうでなければ燈珂が艾梵の部屋を訪れた時にだった。
  世話好きな燈珂は部屋に篭りがちな艾梵を放って置けないのだろう、そんな燈珂の気遣いに艾梵は頭が下がる思いだった。そしてこれまでずっとサービス業に従 事し、他人を気遣う立場だった艾梵だが此処に来てからというものずっと自分の事ばかりで、自分が燈珂に出来る事と言ったら心を込めて茶を淹れるくらいしか 出来ないのだが
(手持ちのお茶が終わっちゃったら、何が出来るだろう?
 現代に帰ることが出来れば再び購入することも可能だけれど・・・)
そんな不安も心の隅になくはなかった。

「でも、よくこんなに何種類もお茶を持ってたのね?」
「切らした茶葉を補充しようって買い物に出た帰りだったんです、此処に落ちてきた時って」

 ちょっと遠い目をして艾梵が言った。
 そう言えば、改めて聞いたこと無かったわよね?そんな燈珂の一言で事のあらましをざっと話始める艾梵。
 ずっと仕事が忙しい日々が続いていて漸く休みが取れたその日、溜まった家事を済ませて買い物に出掛けた帰りの事だった。
 歩道を爆走してきた自転車を避けた場所が偶々マンホールの蓋の上だった。艾梵が足を乗せたその瞬間、よくあるRPGのセーブポイントを示すような光がマンホールの蓋から発せられ艾梵はその光に吸い込まれるように、落下、した。
 落下した、と思ったのは艾梵だけだったのかもしれないが、兎も角『落ちる〜!』と焦りに焦りまくったのも一瞬だったらしく気付いたら関平の所に落ちていたのだった。
 艾梵本人は地面に落ちたが手にしていた荷物は関平に直撃したので、関平にしてみたら甚だ迷惑な遭遇であったことだろうと未だに思ってしまうのだった。

「買い物袋ごと、だったのが良かったのか悪かったのか」
「でも私は美味しいお茶が飲めて嬉しいけど」
「そう言って貰えると嬉しいです。あぁでも、これが自宅だったら色んな茶葉も道具も揃ってたんですけど…」

 艾梵の語尾は尻窄みに小さくなっていった。そう言えば燈珂にいらぬ気を使わせてしまうだろう事は明白で。
 演劇をやっているせいだろうか、人の機微に聡い燈珂に密かな憧れを持っている。
 仕事柄、相手が何を求めているのか何を望んでいるのかを汲み取って、素早く対応する事を求められ、その時々でベストを尽くしてきたつもりだがやはり上には上がいるのだなとしみじみ思っていた。
(燈珂さんみたいになりたいなー、なれたらなイイー
 女子校とかで『お姉様』に憧れたり、宝塚に憧れたりするのって………こんなカンジなのかな?)
二煎目を淹れながらつらつらとそんなことを考える艾梵だった。


 伝令兵が血相変えて走っていくのを目撃したのは、この数日後のことであった。


【おらくる様のComment
今回もまた遅い(遅すぎる)投稿で本当に申し訳ありません。
艾梵の燈珂嬢に対する想いというか、九泉に行くまでの一コマというか、です。
艾梵にしてみたら燈珂嬢が一緒っていうのが非常に心強かったと思うので、こんなカンジだったのかな?と。

>紫風さん
 燈珂嬢の貸し出しありがとうございました。
 不備とかありましたら仰ってくださいねー!修正しますので。

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