九泉行き小話

九泉へ将軍たちが向かうという。
その将達と共に向かう女性を募っている。
軍内で公式に聞かされるよりも、その噂は呉軍を巡っていた。
一軍、とまではいかなくとも部隊程の出兵かと思えば、男女の組みであること等の条件は更に色々な波紋を拡げた。
しかも兵卒、若しくは什長程度の女のみだという不可解なものに菊華は当初心中首を傾げたが、九泉は陰が強い為だと言われなるほどそうかと納得する。
しかしそれで、自分も対象者になると考え及び…ふらりと一人歩いていた。

くすくすと、年若い女特有の忍び笑いの声が聞こえてくる。
「…だって、あの…将軍も…」
「そうね…あのお方も案外…」
「いやだ…ねぇねぇ…」
元より噂を盗み聞きする趣味など無いし、恐らくは色恋沙汰の話であるだろう。
話の断片から察知して菊華はくるりと踵を返した。
関わらないままで越したことはない。そう思ったのだが。
「…でも、九泉行きを希望すれば、あのお方にもお近づきになれるかしら?」
其れだったら私も行きたいわ、とうっとりした様な声で続けるのを聞いて、思わず歩を止めた。
「死人の行く九泉よ?幾ら将軍様達がお強いとはいえ…帰ってこれる保証も無いのに行くなんて」
「それこそ将軍と死んでからお近づきになっちゃうじゃない」
一人の性質の悪い冗談に、其れもそうねとくすくすと笑う。
柱に寄りかかりながら、菊華は目を瞑ったままで居る。
「もし名乗りをあげる人が居たら…其れこそ将軍様方目当てとしか思えないわ」
自分からこの九泉にまつわる状況を解明しようなど、思う訳が無い。
そういった一人の女の言葉に皆がそうよねと顔を見合わせた。
「ね、もし貴女が九泉に行くとしたら何方と行きたい?」
「そうね私はやっぱり…将軍が…」
いやだ本当?貴女もなの…、私はやっぱり…
また誰々将軍が、という話に戻ると、菊華はすっとその場から離れて行った。

不毛な事を。
彼女達は、実際に九泉に行く気など無いからあのように言っていられるのだろう。
菊華は先程兵士に連れられて行った、二人の様子を思い出して顰めそうになる眉を頭を振って堪えた。
あくまでも「名乗り」を上げた女の中から決めると言っていた。
彼女達が心無い者達から無理強いされなければ良いと、思った。

「もう、名乗りをあげておられる方はいらっしゃいますの?」
ゆったりと、だけれども耳に優しい蔡紫の声が聞こえてきた。
上官らしき人物に何事かを尋ねている様であった。
名乗り、という事は話題になっている九泉の事であろうか。
菊華の知る限りでは、未だ名乗りを上げた女性は居ない様だった。
…あの、別の地から現われた彼女達の事は分らないけれども。
熱心そうに聞いている蔡紫の姿にもう一度ちら、と視線を投げかけた。
行くのだろうか、黄泉の国へ。
彼女であれば、問えば正直に答えてくれるであろう。
だが菊華は蔡紫に問う事はしなかった。
その後、菊華は九泉への旅を自ら選んでいた。

「…ほう、貴女は金の属性の様ですな」
これはこれは、と何処となく嬉しそうに目の前の老人は手を擦り合わせている。
「…金?」
「左様、いやこの属性が優越という訳では決してありませんがな、何分…」
我が軍の将軍方はなんとも火の属性の方が多くてな…いやはや。
呉の将には火の属性を持つ者が多く、対になる金の属性の女が必要だった様で。
菊華はその事に関しては良かったとも何とも思わないが。
属性が金であった事に人知れず驚いていた。
分からないなりに、水や土だろうかと思っていたのに。
いや、でも「火」と反対の属性だと思えば、納得しよう。
燃え盛る心の炎に、目を細める程に焦がれている自分が居るのも事実なのだから。
そこまで思考が進み、何を考えているのかと菊華はくすりと自嘲の笑みを浮かべた。

…ただ、この混乱した事態から落着きを取り戻したいと思ったまでで。
別に、彼女らを心配してなどでは無いけれど。
悪寒すら走る九泉の入口を間近に見て、ふいに、また彼女らの笑みが見られればいいと思った。
入口から目をそらせば、傍にいた蔡紫と目線がかち合う。
にこりと笑みを投げかけられて、思わずつい、と顔を背けてしまった。
同じ九泉へ赴くのに、今の今まで会話らしいものもしていない事に今更ながら気付いた。
しかしそれも、「女を横抱きにして」と言った孫権の言葉によって思考の外に追いやられたけれども。

失礼しますとあくまでも丁寧に腕を差し出す陸遜に、菊華は是と言うべき他無かった。
菊華の心中を陸遜が悟っていたのかどうかは、今となっては定かではない。





終     

【高村様のComment
蔡紫嬢の出演ありがとうございました。絡んでない挙句にツンツンと…!(TT)
自分のEDITが九泉行きを決めた所を想像し、また恐らく色んな噂で持ちきりな周囲の様子をこんな様子かなと思い描写させて頂きました。女子ABCや老人って誰や、という所は…軽く流して頂ければと…思います^^;

今回は自分だけが楽しいだろう;;という小話でありますが。また機会があれば他の嬢達の絡みのある小話で、企画を少しでも盛り上げて行ければ幸いかなと思います。

ありがとうございました。

 投稿作品INDEXへ → 
 EDIT企画『九泉の水底』INDEXへ →