理由

「葵ちゃんはどうして行くの?」
 凪砂の問いに葵はぱちぱちと目を瞬かせ、そして眉間に皺を寄せた。凪砂さんも行くんですか?と凪砂の部屋にやってきて、どうしてですか?と問いかけたのは葵自身だ。
「色々あるんです、けど」
 自分の中にある気持ちをどうやって口にしたものか、と考えながらぽつぽつと葵は言葉を紡ぐ。
「ご飯が」
「ご飯?」
「あ、や、ご飯っていうか…なんだろう。お腹が空くと、悲しい気持ちになったり、いい考えも思い浮かばないし、むしろ悪いほうにしか考えられなかったりするし」
 勢い込んで話し出す葵の言葉を止めることなく、凪砂は黙って聞いている。
「私 は、水軍の人に助けて貰ったり、呂蒙さんに拾って貰ったり、ここで寝る場所も食べるものも貰えて、恵まれてる、けど。九泉に落ちた人は、違うかもしれない じゃないですか。一人で、寂しくなってるかもしれない、です。探しに行ける人が居るなら、行けばいいと思うんです。私も、行けるから、行くんです」
 きっと待ってるより早いから。
 顔を上げた葵を、凪砂がじっと見つめ、そうと頷いた。



 凪砂の部屋を辞して葵がのたのたと歩いている。

 凪砂に話した理由は、どれも違う気がしている。でも、どれも正解であるような気もしている。どの理由にも、そう思っているところはあるのだから。
 ただ、言えなかった事がある。そんな風に思っているのだと、凪砂に知られるのが怖かった。親、兄弟、友達相手にだって口にしない…これから誰かに言うことなんて無いのかもしれない理由。
  自分が何もしないで居る事が恐い。ただ、好意に甘えるだけの自分では嫌なのだ、ということ。それは、自分がここに居る必要の無い人間だと思いたくない、の と同じ意味だ。呂蒙に無理を言って仕事を貰っても、それ程役に立っているとも自分で思えない。今出来る事をやる、がモットーではあったけれど、毎日子守り と方々で話を聞いて回ることしか出来ない(しかも進展しない)現実に、手詰まり感があったのも事実だった。
 それに話を聞いていると、葵や凪砂の事よりも、九泉についての噂話が多かった。
 曰く、急に地面に飲み込まれる。
 それを話すのは一人や二人では無い、話を合わせていた様子も無い。居なくなった人のこと、家族のこと、色々な話を聞いた。
  そのうち、噂の中で、自分と凪砂の名前が入っていることに気がついた。どうやら、こちらの人間が消える原因が、どこからかやって来た二人にあるという事ら しい。違うと否定する事も、実はそうなのだと肯定する事も出来ずに、遠くで聞こえる話を聞いた。どういう答えを出すにしても、何の証拠も無いのでは話にな らない。
 本当の所は、何も解らない。解らないなら調べるしかない。調べて解らなかったら、もう行くしかない。行く人間を探しているという話も聞いた。それならば、と手を挙げた。

 この時は、自分に出来る事があるかもしれない、ここへ来た方法を知る事が出来るかもしれない、親切にしてくれた人の役に立てるかもしれない…どれもが叶えられそうに思えたのだ。

【蘇芳様のComment
実際はそう上手くもいかないものなのですけれど(苦笑)。
決めたらそこしか見えてないくせに、考え込んでる時はぐるぐるしている時も…あります。
即断即決のほうが多いです。
凪砂嬢が好きなのだ、ということが書きたかったのに足りてない感じが…ひしひしと。

他のEDIT嬢も書いてみたいな、とか思っておりますので、再チャレンジ!です。

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