トイレの棚にボ○ギ○ールを置いておいた。
別に意味はない。
単なる嫌がらせだ。
案の定、どうでもいいところにばかり目敏い馬超は、不思議顔で俺に訊ねてきた。
「、トイレに薬が置いてある」
「うん、置いてあるよ」
ホントに、予想以上の阿呆な質問だったので、俺は当初の予定を遙かに上回るぶっきら棒振りを発揮していた。
馬超は首を傾げている。
奴の常識では、薬は薬箱に常備して置くもので、トイレに置き去りにするものではない。
洗面台に頭痛薬やらを常備する知人も居るには居るが、少なくとも馬超の常識ではそうらしい。
薬は、薬箱。
これが奴の常識だ。
その薬箱はリビングの棚に仕舞われているから、トイレとの位置関係が上手く理解できずにいるのだろう。
知ったことではないが。
嫌がらせが嫌がらせにならなくなったなぁ、とぼんやり考え始めた頃、馬超は何故かもう一度トイレに赴いていった。
首を伸ばして見遣ると、馬超はわざわざトイレからボ○ギ○ールを取ってきたらしい。
どうでもいいが、それ、もし使ってたら小汚いんじゃなかろうか。
幸いと言うべきか、嫌がらせ目的で買った品物だったから、このボ○ギ○ールは未開封の新品である。
馬超は、どうやら発見時には見ようともしなかった薬効の欄を読み解いているらしい。
俺の常識からしたら、ボ○ギ○ールと来たら例の薬と相場が決まっているのだが、馬超は違っていたのだろうか。
馬超は、読み終わったらしい薬効欄と俺をしげしげ見比べている。
「」
「何だよ」
「俺が塗って遣ろうか」
俺は、力いっぱい馬超をスルーすることにした。
「なぁ、」
「必要ねぇよ、阿呆」
どうやら未だ未開封だということに気付いていない馬超の、鬱陶しくはあっても有り難みの欠片もない申し出を蹴り飛ばす。
「恥ずかしがらなくともいいぞ。俺とお前の仲だろう」
恥ずかしがってはいない。
呆れ返っているだけだ。
「使ってるわけじゃない、使うことになるかもしれないから、用意しとくに越したことはないよなって話だよ」
ここまでネタばらしされて、馬超は未だ理解できないらしい。分かりませんと墨で書いてあるような、疾っくに見飽きてはいるのだが美麗な顔を溜息吐きつつ睨め付けて、俺は更に詳細に野暮なネタばらしに掛かる。
「いー加減、あんな乱暴に突っ込んでくんな」
回数ばかり重ねても、ちっとも場慣れしない馬超の性急な挿入には、いい加減うんざりさせられていた。
快楽もないではないが、痛みの方がより勝る挿入など、嬉しい筈がない。
馬超は、俺の言葉を神妙な顔付きで噛み砕いていたようだが、いきなり俺の隣に詰めてきた。
「何だよ」
大きくはないソファの真ん中に腰掛けていたおかげで、馬超の割り込みに体が傾ぐ。
だが、馬超は俺の苦情に耳を貸す様子もなく、どころかぐいぐいと圧力を掛けてくる。
「何だって」
傾いだ体を立て直そうと膝を割る俺に、馬超はそれこそのし掛かるように身を乗り出してくる。
「優しくすればいいのだろう?」
今の話じゃねぇよ。
呆れ果てる俺を、馬超は宥めるように軽いキスを繰り返す。
「だから」
押し退けようとするも、馬超の膝はいつの間にか俺の膝下の急所にがっしり食い込んでいた。
これを退けるには、相当痛い思いをさせられなくてはなるまい。
「…………」
俺がむっつり黙り込むと、馬超の顔が哀願に歪む。
肉体的に脅されてるのは間違いなく俺なのに、何でそんな面を晒すのやら。
「変わんなかったら、……殴るぞ」
約束破りの条件を掲げると、馬超はお預けを解かれた犬のような顔をして、俺の首筋に顔を埋めた。
こそばゆい感触に眉を潜めて耐えながら、俺は殴る以外罰を与えられない(言い換えれば家事その他の処罰的労働に一切の才能がない)馬超という男に、もの凄く不平等なものを感じるのだった。
終