馬超は、相変わらず勝手に家に出入りしている。
 俺が眠っていようが何だろうが、ずかずかと上がりこんでくるのみならず、気が向けば掛け布団の中に潜り込んでくるし挙句『悪さ』までしでかす。
 今日もそうだった。
 最近の馬超の流行なのか、上掛けの下の方から潜り込んできてトンネルを潜るように人の体の上をよじ登るようにして顔を出す。馬超が顔を出す頃には俺もたいがい覚醒しているので、腹の方から顔を出している馬超がそれはもう満足げに笑っているのにぴしりと制裁の一撃くらいは加えることができるのだ。
 何が嬉しいのか、はたかれても馬超はやたらとにこにこしている。
、今日はハロウィンだぞ」
 言われて、そうか馬超は性質の悪い悪霊か何かと同じなんだな、とふと考えた。
 鍵が掛かっていても勝手に入ってくる辺り、そのものではないか。もっとも、悪さをしでかすのを考えれば淫魔とでも言った方が相応しいかもしれないが。
 黙りこんだ俺に訝しさを感じたのか、馬超がずいっと顔を寄せてくる。
 誤魔化そうと俺は寝惚けている振りをした。
「あー、俺のとこでもやるよ、ハロウィン。特別メニュー入れてくれたお姫様にサービスでランタンプレゼントだ」
 欲しい、と言うのをまた適当にあしらい、土産に一つもらって来るからお前は来るな、と厳命する。
 わざわざホストクラブに来て、ランタンもらったと喜ぶお姫様がいるものか。
 ランタンプレゼントはただの口実で、わざと明かりを消して真っ暗にした廊下にお姫様を案内する為にランタンを渡すだけなのだ。真っ暗な廊下の奥で何をするか聞くのは野暮と言うものだろう。とは言え廊下なので、やれることには限界があろうが。
 いたしはしないと言っても、単純な馬超のことだから事実を知ったら乗り込んできそうで怖い。
 乗り込んでくるだけならともかく、特別メニュー入れられたら俺はどうしたらいいんだ。
 ホストクラブはお姫様を接待する為の『施設』であって、男を呼ぶところではないのだ。
 趙雲にも念押ししておいた方がいいかと悩む。
 下手な言い方をすれば察しをつけるぐらいはお手の物な奴だし、何も言わなければ言わないで実にタイミングよく姿を現しそうだったし、こういう時は本当に困る。
 としつこく呼びかけてくるので、趙雲対策で忙しい頭を馬超向けに切り替える。
「ケーキを買ってきたから、食おう」
「…………お前、好きだね」
 馬超は別に甘党ではないのだが、とにかく良く食う。この間もケーキを1ホール買ってきて食ったばかりだ。何でも、美味い店を見つけたらしい。
 それでいて太らない体質らしく、触れる体はいつも良く引き締まった柔軟な筋肉に覆われている。
 ジムで必死に鍛えて体型維持に努めているこちらが馬鹿を見る思いだ。
?」
 寝るな、と言いながら揺さぶってくる馬超に、起きていることを手でアピールする。
 重い体を起こし、欠伸をすると、馬超の目がゆるりと緩んだ。
 何だ、と目を向けると、顎を撫でさすられた。
「……何」
 馬超の指がくすぐったい。が、むしろ撫でている馬超の方がくすぐったそうに笑っている。
「髭、生えてる」
 俺とて男なのだから、髭くらいは生える。
 薄い体質らしい俺の不精髭を撫でさする馬超の目の色が、徐々に変わるのを何となく見ていた。
 無言でのしかかってくる馬超に、俺は抵抗らしい抵抗も見せずに倒されてやった。
 したい訳ではない。面倒くさかったのだ。
「……ケーキ、食うんじゃなかったのかよ」
 後、と囁いた唇が、俺の耳朶を食むのを横目で見る。
 起き抜けにケーキよりはまだマシか、と俺は視線を天井に移した。
「知っているか、
 それが気に食わないとでもいうのか、視線を移した瞬間、馬超が起き上がり俺の前に立つ。
 天井を背景にした馬超を見上げながら、俺は『何を』とおざなりに問い返した。
「ハロウィンというのはな、人に取り憑こうとする悪霊を驚かせて追い払う為に、奴らと同じような仮装をするのだそうだぞ」
 だから、きっと今日と言う日は悪霊が集う日なんだ、さもなきゃそんな祭りが行われるわけがない、と馬超は一人で勝手に納得している。
「……あー、何か、精霊だの何だのが集まる日だとか何とか聞いた気がするな」
 俺が適当に相槌を打つと、馬超はそうだろう、と深く深く頷いた。
 何が言いたいのかわからない。
「だからな、。今日は家に居た方がいい」
 呆気に取られて黙り込むと、馬超は俺のパジャマのボタンをいそいそと外し始めた。
「……待て、待て待て、今日は店でイベントやるって言っただろ、全員召集なんだよ」
 どうしても休めない日なのだ。
 だと言うのに、馬超は聞かぬ振りで今度は下を下ろしに掛かっている。
「馬鹿、聞いてんのか、おい……」
「店で、何かいかがわしいことをするつもりだろう」
 顔を上げた馬超の眉が吊り上っている。
 思わず顔に『そうです』と出してしまった俺は、慌てて隠したのだが後の祭りだった。どうも寝起きで油断してしまっているらしい。
 やっぱり、と馬超はむっとして口を尖らせた。
「俺以外と、いったい何をするつもりなんだお前は」
 馬超曰く、俺は馬超の情人なんだそうで、だからか馬超は俺への独占欲を剥き出しにする。
 何かにつけて『ホストを辞めて欲しい』というようなことを言ってくるし、肌を合わせるたびにこれ見よがしに跡をつけようとしてくる(見えるところだけは何とか避けていたが)。
「純潔は守ってるぞ」
 趙雲を除いてだが、わざわざ言わなくてもいい話をするつもりはない。
 気付いてはいないだろうが、嘘くさく聞こえたのか馬超は眉間の皺を深く刻んだ。
 いたす雰囲気ではなくなって、俺は馬超の下から抜け出した。
「ほら、ケーキ食うんだろケーキ。どうせテーブルにでも出しっぱなしなんだろう、すぐコーヒー淹れてやるか……」
 声は、後ろから伸びてきた手によって阻まれた。
「……、『TRICK OR TREAT』」
「は?」
 ハロウィンの挨拶の言葉だと気付くのに数秒を要した。
「あ、あー……『HAPPY HALLOWEEN』?」
「いいんだな」
 は?
 疑問を提示する前に、俺は再びベッドに引きずりこまれた。
「おい、ケーキ……」

 不満を口にしかけた俺を、馬超はぴしりと言い止めた。
「『HAPPY HALLOWEEN』と答えたらな、相手にご馳走をしなければならない決まりだ」
 だから、ケーキを食うのだろう。馬鹿なことを言う。
 ……と思っていたら、馬超は更に補足してきた。
「ケーキは俺が買ってきた奴だし、居間にあるチョコレートも俺が買った奴だし、冷凍庫のアイスも俺が買ってきた奴だ」
 そうだろうと念を押されれば、確かにそうなのだ。
 馬超はとにかく買い物好きで、こちらはそれを消費するのが手一杯なのだ。俺が何か買い足したくても、それを置く場所がないと来ている。
「この家に、が俺に渡せる食い物は一つもない。だから、が俺に渡せるものは一つしかない」
 寄越せと言うなり俺のパジャマを剥ぎ取り、まだ寝ている俺のものを口に含んでしまった。
 突然のことに声も出ない。
 歯を立てられ、痛みに腰が引けた途端唐突に快楽が溢れた。
「ひ、あ、あっ……」
 馬超の口の中で翻弄され、俺は背筋を仰け反らせた。
 早くも反応を返す俺のものを舐めながら、馬超は機嫌良さそうに薄く笑って俺を見上げている。
、もう一度質問だ」
 抱くのと抱かれるの、どちらがいい?
 ふざけんなこの馬鹿、と罵りながら暴れる俺を、馬超は暴れ馬をいなすカウボーイみたいに笑いながらいなしてくる。
 結局美味しく『食べられ』て、腰の引けた状態で半分溶けている生クリームを食わされた。
 仕事にも行かなくてはならなかったし、対策を忘れていた趙雲はしゃあしゃあと店に来るしで最悪の日だった。
 今からクリスマスが怖くなって、俺は溜息を吐いた。
 まったく、とんだハロウィンだった。


  終

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