こうしていつまで許されるのか
 どうしていつも許してくれるのか

 わからないことだらけで
 むしろ何もわからなくて

 けれど触れる指は温かで優しい。



 別れるべきだと言われた。
 いい加減、知れ渡っていたことらしい。
 TEAM魏の女の子達に呼び出され、給湯室に連れ込まれた。
 フロアには社員専用の自販機やコーヒーメーカーなどが据え付けられていて、給湯室は形ばかりのものだ。来客があった時や泊り込みの職員が軽食を取る時に使う。
 だから、ここには滅多に男性社員や役付きは来ない。
 そこで三四人の若い女の子に囲まれた。名前もわからない子ばかりだったから、恐らく今年入った新人だろう。 だが、向こうはのことをよく知っていた。
 TEAM魏の人事部部長張遼の妻。TEAM呉に在籍、同じく人事部所属、呂蒙の鍵と称され大抵の仕事は一通り完璧にこなす。
 そんなことが何になるだろうとは内心苦笑していた。
 別にミスをしないわけではない。努めて少なくはしているが、ミスをした時に穴埋めできるように普段から心がけているだけだ。フォローする為の知識しかり、人間関係しかり。
 鍵などと称されてはいるが、は生身の人間だ。冷たい金属などではない。
 落とした時にいい音するのは同じだけどな、と笑っていたのは甘寧だったろうか。
 記憶を辿っているのが、いかにもつまらなそうにしていると見えたらしい。新人の女の子達は、歯に衣を着せるのを止め率直に要求を突きつけてきた。
「部長と、別れて下さい。貴女なんかに、部長は相応しくありません」
 不倫をしている、汚らわしい女だと罵られた。
 事実だったから、痛くもかゆくもない。
 確かに自分は汚らわしい裏切り者だと思った。張遼に顔向けが出来るはずもない。
「そうね」
 ぽつりと呟くと、それまで喚いていた女の子達は一斉に口を噤んだ。
「その通りね」
 新人の女の子が直接に苦情を言ってくるくらいだから、この話はもう社内に知れ渡っていると見ていい。
 張遼の出世が能力の高さの割に遅いように感じていたのは、ひょっとしたらが原因だったのかもしれない。
 は無言で給湯室を後にした。
 その身が放つ冷たい空気は、女達の口を塞いで捨て台詞一つ吐くことさえ許さなかった。



「だから、別れて欲しいと?」
 張遼は、脱いだ上着を畳んでソファの背もたれに掛けた。
 は隣に張遼が腰掛けるのを嫌ってか、一人用のソファに座っていた。張遼は仕方なくその斜め前に配置されたソファに座り、の手に手を重ねる。
「別れて欲しいっていうか」
 じっと見詰めてくる張遼に、は堪えきれず目を逸らした。
「別れたいの……別れるべきだと思うの」
 結婚式を挙げてから、7年が過ぎていた。
 甘寧とは未だに続いている。甘寧もまた、時折『浮気』をしているようだが、必ず一回限りで別れてしまっているようだ。どうしてなのか教えてもらったことはない。だが、そのたびに不安と安堵を同じだけ感じていた。甘寧とは別れられないと思っていた。
 張遼との結婚生活に不満などない。
 お互いに仕事を続けていたが、張遼は良き理解者であり良き夫だった。子供は居なかったが、幸せだった。
 何となくだったが、張遼は子供を欲しがっていないように見えた。
 これも、どうしてかはわからない。避妊しているわけでもないし、ただなんとなくそう感じていた。
 二人共に収入があって、子供は居ない。
 別れるのはそう難しくないように思えた。
「そうした方が良いと? ……それは、誰にとって?」
「誰って」
 問われると、何と答えて言いか一瞬迷った。
「……誰っていうか……だって、文遠、貴方だって」
「私にとって? 貴女と別れることが、私にとって最善であると?」
 張遼の目が、鋭く細められる。の手を握った手に力が篭り、あっと思う間もなく引き寄せられた。
 大人三人は余裕で座れるソファは幅広で、ベッドの代わりとしても十分に機能する。徹夜で急ぎの仕事をする時などは、もここでよく仮眠をとった。
 張遼に圧し掛かられて、腰掛ける眠るのとはまた違うことに使われようとしているのを悟った。
 革張りのソファは肌に冷たく、適度にざらついた感触がを煽ろうとしていた。

 張遼のベルトの金具が腿に当たって痛い。
 引き摺り下ろされるたびに、はその感触に眉を寄せた。張遼はベルトを緩め、肉具だけを露出するように下着を下ろしていた。開いたファスナーも、の尻にちくちくと当たる。
 座ったまま貫かれ、スプリングを利用して跳ね上げられている。
 両腕は背中に回され、肘の上で縛り付けられている。高いネクタイなのに、きっとぐしゃぐしゃに
なっているだろう。
 張遼にとっては、ネクタイ一本よりもを拘束して楽しむ方が重要なのかもしれない。目の高さで弾む乳房に、舌を押し当てて吸い上げる様に、動揺の類は何も見られなかった。
「……もっと腰を使わねば、終わらぬぞ」
 もう長いことこうしている。
 の体は既に汗に塗れているが、張遼の方は何ら変化もない。せいぜい、息が艶めいているように感じる程度だ。
 内の柔らかな襞を擦り上げる剛悍に衰えは見られない。
 促されて、は熱い息を吐き出した。力の入らない足に力を篭めて立ち上がろうとする。が、滑って張遼の胸に倒れこんでしまった。内に秘められた肉が、の中を強く抉る。悲鳴が漏れた。
 張遼はの尻に手を回し、掴み上げるようにして揺さぶる。
 自分で挿入をしていた時とは雲泥の激しさに、の目から涙が散り、ひっきりなしに声が漏れた。
 苦しいと感じているのに、体の内側は張遼のものにしがみ付くように絞られていくのを感じる。
 足の間の滑りはオイルでもぶちまけたかのようで、心と体がばらばらになっている証のように思えた。
 張遼はを床に下ろすと、腰だけ引き上げて挿入を繰り返す。浅く腰掛けることでを自在に煽る。
 冷たいフローリングの床に頬を擦り付け、は屈辱に煽られてますます熱にのめり込む。
 その時、張遼の指がの後孔に触れた。
「やっ!? そ、そこ違……」
 一瞬正気に返ったの制止も、張遼の指を留めることは出来なかった。
 悲鳴と共に潜り込む指の質量に、の中がきつく引き締められる。
「……っ……、ぁ……」
 声も上手く出せないほど強張った体を、どのような強力をもって為しているのか張遼の指が淡々と切り開く。
 指一本が根まで埋まると、張遼はおもむろに挿入を再開させた。
「やぁっ!」
 揺れるたび、後孔に埋め込まれた指がわずかに動き形を変える。それだけのはずが、太い丸太棒でも突きこまれているかのような感覚を覚える。
 火で炙られているような熱が湧き上がり、の肌から汗が珠のように噴き出した。
「だ、駄目、も……も、いっちゃ……」
「字を」
 息もできずに喘ぐに、切り裂くような冷たさを伴った張遼の声が届く。
「私の字を」
 脈動すらを追い詰める状態で、どこか縋るような張遼の声には背後を振り返った。指で縫いとめられているからたいして動けない。
 それでも、わずかに張遼の顔を見ることができた。
「……文遠」
 が張遼の字を呼ぶと、張遼はほっと深い息を吐いた。今までずっと、息をすることも許されなかったというような、深い溜息だった。

 張遼は指を抜き、床に這っているの体を抱え上げる。ソファに座り直し、膝の上にを座らせた。
「汚しちゃう」
 愛液で太腿まで濡れている。張遼は更に強くの体を抱き寄せ、肩口に顔を埋めた。
「貴女が居らねば、息することもままならぬ。私は、貴女が居てくれればいい」
 の目が、歪む。
「……私、浮気してたんだよ。聞いてたの? 浮気、してたんだよ?」
 張遼の目は静かなままだ。
「ずっとだよ? ずっと、式挙げたあの日からずっと浮気してたんだよ? その人と別れる気、私、ないよ?」
「それが」
 何か、と張遼は続け、を絶句させた。
「貴女こそ、何を聞いていたのか。私は、貴女が居ればそれでいい。それ以外は何も求めぬ」
「間違ってる」
 そんなのはおかしい。
 は張遼の膝から降りようとして、許されなかった。
「何が間違って、何がおかしい、と?」
 ソファの上にひっくり返され、間近に張遼の目を覗く。深い、黒い瞳だった。
「ならば、何が正しく、何が本当なのか」
 答えられなかった。
 こそが、それを知りたいと求め続けていた。
「貴女は」
 張遼の昂ぶりが、の秘部に押し当てられた。
「私を、見縊りすぎている」
 先とは打って変わり激しい突き上げに、の視界は一瞬で白に染まった。
 電気の弾けるような音が鼓膜を震わせている。遠くから、自分のよがり狂う声が聞こえていた。文遠、文遠と泣きながら張遼を呼び続けていた。
 の指は張遼の背中を彷徨い、シャツの皺をかき寄せるとぎゅっと握りこんだ。

 達して、気を失ってもは張遼のシャツから手を離さなかった。
 苦笑して、指を一本一本引き剥がす。
 そのまま繋ぐように重ねると、無意識のはずのの指は、張遼の手をきゅっと握りこんだ。
 細く、白い、小さな手だ。張遼の厚ぼったいごつごつとした手に比べれば、儚いとすら思えた。
 その手は、指は、ほんのりと温かい。
 張遼は深々と頭を垂れ、祈るように目を閉じた。
「理由などない、ただ、貴女が居なければ私は壊れてしまう」
 懺悔するような、重々しい声だった。
「他の何も代わりにはならぬ。貴女だけだ。他は、ない」
 の目がゆっくりと開いた。
 張遼は、気配でそれを察しながら懺悔を続ける。
「良いも悪いもない、息をできなくなって、どうして生きていける」
 の目が、ほんのりと笑った。
「私、空気?」
「酸素だ。多過ぎれば中毒を起こそう。……最早、手遅れだが」
 出会ってしまったのだから。
 求めてしまったのだから。
「他の誰の言葉も、貴女は聞かないでいい。私を哀れむなら、耳を塞ぎ、ただ私の元に在ることだけを念じてくれればいい」
 の目から、涙が溢れて零れた。
「……文遠、可哀想、ね」
 張遼は鼻で軽く笑うと、の瞼に口付けを落とした。
「もう、休まれるといい。私も、明日から少し忙しくなる」
 そうなの、とは小さく頷くと、そのまま目を閉じた。
 張遼はが眠りに落ちたのを確認すると、寝室に運ぶ。
 ベッドに寝かしつけようとして、の指がまた張遼のシャツを握りこんでいるのを見て笑みが浮かぶ。
 そっと剥がして口付けた。



 願わくはいつまでも、ただ貴女が傍らに在るように。


  終

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