気配を感じ、趙雲は筆を置いた。
珍しく休みなど戴いたが、貧乏性からか落ち着かず、書簡を記していたのだが、これで埒もない書き物からは解放されそうだ。
灯り皿でちろちろと揺れる炎に目を遣り、そっと吹き消した。
一筋の白い煙が、炎の暖かな光から月明かりの青い光に変わった室内にたなびいた。
趙雲は室を抜け、目的の室に向かう。
奥へと通じる廊下、その先に『趙雲の妹』の室がある。
「ただいま戻りました、子龍様」
明るく笑う様は、どこにでも居る可愛らしい娘だ。
「お帰り、」
……は、趙雲の妹だ。義理の、ではあったが。
趙雲が武者修行を兼ね、仕えるべき主を探す旅をしている時にたまたま出会った娘だ。
たまたまというと、少しおかしいかもしれない。
は、趙雲が攻め、滅ぼしたとある神仙家の村の娘だった。
近隣の村から女子供を攫い、怪しげな薬の『材料』としていた忌むべき村だった。
命令がなくとも攻め込んでいたかもしれない。
解放され、保護された女子供の中に、は居た。
その晩、が趙雲に襲い掛かってきた。寝所に入り込み、勝利の惰眠を貪っているところを狙ったらしい。
だが生憎、趙雲はそれほど間抜けでもお人好しでもなかった。
殺せと喚きたてるのを猿轡を咬まして黙らせると、趙雲は幼さの残るその体を蹂躙した。
過ぎた快楽に泣き出すほど蹂躙して、やっとを解放した趙雲は、相手が身動きのとれないのをいいことに勝手に身寄りのない娘と周囲を謀り、自分の妹として引き取った。
は、最初は己を無理矢理犯した趙雲に反発し、何かと世話を焼かせた。
けれど、が出て行っても趙雲は取り立てて騒ぎもせず、もまた、しばらくすると何でもなかったかのように戻ってきた。
奇妙な関係だった。
だが、家族の者を含め、二人の本当の関係を知る者はいない。
二人だけの秘密なのだ。
「今度は、何処へ行ってきた」
「それは、子龍様にも秘密」
趙雲の母が亡くなると、趙雲は流浪の旅に出た。は墓を弔うと言って家に残り、二人は別れたのだ。
再会した時、はかつて慣らした暗殺の術に磨きを掛け、その道では名うての術者となっていた。
趙雲は何も言わず、もまた何も語ろうとしなかった。
が趙雲なしで居られないように、趙雲もまた、なしでは生きていける自信がない。
ひとつがい。
どんなに離れていても、私達はそれなのだから。
そして、趙雲はまた一人、ゆっくりと歩き始めた。
終