はハロウィンが好きだ。
 特に何をするでもないが、あの独特のカラーリングやユニークな南瓜が好きだった。
 この時期、のデスクにはハロウィングッズが並ぶ。
 自分で買い求めるものもあるし、が好きだと知っている同僚からプレゼントされることもある。
 職場の規定上では好ましいことではなかったが、業務に支障がなければいいか、ということでお目こぼしに預かっている。
 何だかんだ言って、皆ものデスクでハロウィン気分を味わっているのである。
 今年もハロウィンが来るまでの約一ヵ月間、デスク上でのハロウィンを楽しんだは、仕事を終えた後も居残っていた。ハロウィングッズの撤収作業の為である。
 ハロウィンの本当の開催日(?)である31日は土曜日になる為、はその前日の金曜日に片付けようと決めていた。
 雛祭りを意識した訳ではないが、祭りを過ぎても飾っておくのはあまり良くない気がするからだ。
 持参した紙袋に、陶器のカボチャや先端に蝙蝠の付いたボールペンなどを丁寧に仕舞っていると、同じく居残っていたと思しき趙雲が声を掛けて来た。
 疾っくに帰ったと思っていたのだが、どこかで休憩でもしていたのか、紙コップを手にしている。
「やろう」
 素っ気なく手渡された紙コップには、賑やかなハロウィンのイラストが印刷されていた。
 中身のコーヒーも未だ温かく、どこから持って来たのだろうと不思議になる。
「食堂の、自販機だ」
 の疑問を表情から読み取ったのか、趙雲は先回りして答える。
 敏い男だなぁ、と感心しながら、は身近にあった意外なハロウィングッズに見とれる。
 ハロウィン独特のカラーが上手く配色されていて、絵柄もくどくなく可愛くまとまっている。
 食堂の自販機はたまに使うが、が買うのはもっぱらペットボトルばかりだった為、発見に至らなかったのが悔やまれた。
「あまり、嬉しそうではないな」
 趙雲は自分の分の紙コップを傾けながら、ぼそりと呟く。
「え、そんなことないよ?」
 慌ててフォローを入れるも、趙雲は不審顔だ。
「……ひょっとして、もうハロウィンには飽きているとか。相手に悪く思われるのが嫌で、喜んだ振りをしていたのだったら、すまなかった」
「違うって……ただ、どうせだったら自分で発見したかったなって、それだけ。あ、コーヒー代払うよ」
「いい」
 勝手に奢りだと決めつけていたことを思い出し、財布を取り出そうとするだったが、どうも趙雲の機嫌を損ねてしまったようだ。
 でも、と一応財布の中から百円を摘まみ上げただったが、趙雲のしあさってな視線に、百円を元に戻した。
「有難う、ご馳走さま」
 礼を言うも、趙雲は何も返してこない。
 そのくせのデスクからも離れないのだから、とんだひねくれ者だ。
 専務の劉備や黄忠、関羽など、上司達にはそれなりに愛想がいい癖に、部下やのような年下の同期に対しては素っ気ないことが多い。
 単独で動くことが多い営業のせいだろうかとも考えるが、実際のところがどうなのかはには量りかねる。
「お前は、本当はハロウィン、好きではないのではないか」
 終わったと思った話を、趙雲が蒸し返してくる。
 手持無沙汰故なのかもしれなかったが、どうしてこんなに絡まれるのか訳が分からなくなって、は段々と苛々してきた。
「違うってば。何で、そんなこと言うのよ」
 ちらり、と手元を見られ、は趙雲に釣られるように自分の手元を見る。
 そこにはただ、撤収作業中のハロウィングッズが並んでいた。
「これが?」
 ずらりと並んだハロウィングッズは、むしろがどれだけハロウィンが好きかの証と言えよう。
 難癖付けられる理由には当たらない気がする。
 けれど、やはりそれこそが趙雲の突っかかって来た理由だった。
「……未だ、ハロウィン前日だろう」
 ハロウィン当日を迎える前に撤収作業をしているなど、ハロウィン好きのやることではないと趙雲は思ったようだった。
 そんなことで、とは眉間に皺を寄せる。
「だって、明日は土曜日で休みでしょ。だから、今日中に片しておこうと思っただけ」
「しかし」
 趙雲的には、どうせ片付けるなら休み明けでいいのではないか、ということだった。
 別におかしなことを言っている訳ではないが、それでは非効率的過ぎる。
「どうせ朝早くに来るんだったら、その日の業務の仕度してた方がマシでしょー? 時間制限付きで慌てて片付けるより、今日片付けちゃって、持って帰って、ハロウィン当日も楽しんだ方が全然いいじゃん。違う?」
 の主張に、趙雲は案外容易く同意した。
 何だかなぁと思う。
 ひょっとして、今日、取引先で何か嫌な目にでも遭ったのだろうか。
 そうだとしたら、意味なく居残っていた理由も腑に落ちる気がする。
 ならば、下手に言い返すのも可哀想かもしれない。
 営業の仕事のハードさは、も薄々察しするところがあった。
「何だ、では、明日は自宅に引き籠るつもりなのか」
「……引き籠るって言うか、これ、整理しないとね、片付かないから」
 棘のある言葉に、は我慢の二文字を胸に刻みながら耐え忍ぶ。
「ハロウィン好きの癖に、その当日に外に行かんとは。とても好きとは思えんな」
「……いや、だから、好きだって」
 ハロウィン好きにも色々居るだろう。
 は偶々グッズ収拾を趣味にしているだけで、当日外に出ないのはハロウィンが嫌いだからなどと決め付けられたくはない。
「本当か?」
 疑り深そうな趙雲の視線に、の我慢が吹っ飛んだ。
「ホントに、好きだってばっ!」
 何というひねくれ者だ。八つ当たりにしても、程がある。
 怒鳴ったに、けれど趙雲が怯んだ様子はない。
 胸元から紙片を一枚取り出すと、の手元に差し出す。
「本当にハロウィンが好きなら、喜んで行く筈だ」
 それは、某テーマパークでやっている、ハロウィンイベントの招待券だった。
 いきなりの展開に付いて行けず、は差し出されたチケットを呆然と見遣る。
「ちなみに、本当にお前が行くかどうか、楽しんでいるかを見届ける為、私も同行する」
 ぴら、と言い訳がましく同じチケットを掲げる趙雲に、は冷たい視線を送る。
「あのさぁ」
――それ、ただのデートだよね……。
「何だ」
 趙雲の声が、何故か揺れたように聞こえた。
 はもう一度チケットを見る。
「……待ち合わせ、何時?」
 こっそり盗み見た趙雲は、心なしか顔色が明るくなったように見える。
 の気のせいであるかもしれなかったが、しかしの目にはそう見えた。
 本当にひねくれてるんだなぁ、と思う。
 だから自分を誘う気になったのかな、とも思った。
 も大概ひねくれているのである。
 けれども、きっと趙雲は分かっていない。
「そうだな。……何であれば、迎えに行こう」
 趙雲の申し出に、は笑顔で乗った。
 オートロックを逆手に取って、人目の多いマンション入り口から大きな声での『例のご挨拶』を強制するつもりでいる。
 試練を乗り越えた暁には、特別に『お菓子』を貰ってもらうことも、やぶさかではなかった。

 終

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