いいなぁ、と言われる度、の口元は微妙に引き攣る。
 自慢の笑みが零れるのを抑えているのだと思われているらしいが、実際のところはまったく違う。それを理由に陰口叩かれてもらっても困るのだが、事実を言ったところで信じてもらえる訳がないと分かっている。
 どうしてこうなってしまったのか、にも分からないのだ。
 が勤めているK.A.Nで、は年下の恋人を囲っているということになっていた。
 恋人の名を陸遜と言う。

 齢十七の恋人を持つ、ということは、男だったら自慢話になるかもしれない。
 けれど、女の場合はやや複雑に思われるような気がする。
 というか、自身が周囲の反応にかなり複雑なものを感じていた。が『そういうタイプ』でないから尚更なのだろう。
 若い恋人と言うことで羨ましがられることは多々ある。かてて加えて、陸遜は整った容貌にすらりとした肢体、十七の時点で海外留学を済ませて飛び級で大学を卒業してきたという、恐るべき頭脳の持ち主だった。
 勿論、頭でっかちの引き篭もりと言うことでなく、むしろアウトドア派とでも言うべきか、例を挙げれば趣味の一つに乗馬というあまり世間一般では聞かない類のものが入る。
 はっきり言えば、釣り合わないのだ。
 陸遜がどうしてを選んだのか、理解できずに居る。
 の家と陸遜の家は隣り合わせなのだが、建売一戸建ての横に旧家然として平屋の広い庭付きの屋敷が建っているという実におかしな組み合わせだ。念の為に付け加えれば、建売の方がの家で、屋敷の方が陸遜の家である。
 単に隣だというだけだから、後から越してきたの家と陸遜の家が親しく付き合う言われはない。玄関が隣り合っている訳でもなし、ゴミ捨て場とて敷地の広さの関係から異なっていた。付き合う要素はかなり薄かった筈だった。
 きっかけは、実は他ならぬ陸遜だった。
 昔は、の家の敷地も陸遜の家の土地だったそうで、ある事情で金銭に困った時に売りに出したのを業者が買い取り、家を何軒か建てた。
 その一つで最も陸遜宅に近い位置にの家があったのだが、両家を隔てていたのは簡易な垣根のみで、子供だった陸遜にとっては、気がつくと庭の一角に小さな小屋が建ったという感覚でしかなかったらしい。
 探検に赴いたところ、たまたま浴室に入り込み、たまたま入浴中だったと鉢合わせになった。
 思春期を迎えたばかりのは、突然の闖入者に当然の如く風呂のお湯をぶっ掛けた。水でないだけマシだろう。子供とは言え、覗きに代わりはない。
 しかし、の両親はこんな子供に無体な真似をしてとを責め、びしょ濡れになってしまった陸遜の服や髪が乾くまで詫びを含めて歓待し、その後を小突きながら陸遜を家まで送り届けた。
 陸遜の家は陸遜の家で、悪気はなかったとは言え風呂場に入り込んだという息子の不始末に大変驚き、叱られて涙目になったに酷く同情してくれ、ここに晴れて両家のお付き合いが始まった。
 こう説明すると大袈裟のようだが、要するに盆と正月には挨拶に伺うという程度の家族ぐるみの付き合いが始まっただけだ。
 も、時折は年下の陸遜と遊んでやることもあった。学校や部活があったから頻繁ではなかったものの、陸遜はによく懐き、まるで姉弟のような関係が続いていた。
 そんな関係が崩れたのもまた、陸遜のせいだった。
 その日、しおらしくも進学について相談があるというから、当時大学生だったはうかうか応じて陸遜宅を訪問した。
 陸遜の母親は如何にも人の良さそうな穏やかな人で、玄関口でわざわざを出迎えてくれると、陸遜はあまり友達が居なくて、のことを実の姉のように慕っているから、どうかこれからも仲良くしてやってねと頭を下げて寄越した。
 頭の良過ぎる出来過ぎた息子に、母として漠然とした不安もあったのだろう。
 根っからお人よしに出来ていたは、笑いながら軽く了承した。
 正直に言えば、実は何も考えていなかった。
 陸遜はとても優秀で、実際の支えなど必要ないと思われた。友達が居ないと言うが、学校帰りに同級生と思しき男の子達と連れ立って帰っているのもよく見掛けていたから、陸遜の母親は勘違いしているのだろうと思った。
 進学について相談と言っても、選べる道が多過ぎて困るんだろうぐらいにしか思っていなかったのだが、それこその勘違いに過ぎなかった。
 進学などで困る奴ではなかったのだ。
 陸遜は、自分の部屋にを招き入れると、突然の胸を鷲掴みにした。
 あまりのことにが言葉を失うと、物凄い真顔でキスをしてきた。
 固まってしまったを放置し、素早くテーブルに座ってしまう。
 硬直から逃れたが陸遜を怒鳴りつけようとした瞬間、背後からの衝撃に押されるまま転倒してしまった。
 見上げれば、陸遜の母親が驚いている顔が目に入る。足元にはショートケーキの白いクリームが飛び散っていた。
「あ、あの、ちゃん、大丈夫? ノ、ノックしたのだけれど」
 うろたえる陸遜の母親に平身低頭して詫びつつ、台無しになってしまったケーキを片付ける。
 陸遜は、の怪我を心配しながら片付けを手伝ってくれていた。とても不埒なことをしでかした男とは思えない態度だった。
 白昼夢でも見たのかと、却って自分が不安になった。
 しかし、これは後の惨事の序幕に過ぎなかったのだった。
 お友達と観劇に行ってくるという陸遜の母親を見送り、半ば混乱した記憶から恐る恐る陸遜を振り返る。いつもの陸遜に見えるだけ、何だかおっかなかった。
 陸遜はの脇をすり抜けて玄関の鍵を掛けると、戻り際、をその場に押し倒した。
「ちょ」
 やはり、夢などではなかった。
 動揺しつつも抵抗しようとするに、陸遜は無邪気な笑みを落とす。
「大きな声を出すと、母が戻ってきますよ」
 戻ってきて困るのは陸遜だろう。
 だが、は動揺した。あんな穏やかで優しい陸遜の母親が戻ってきて、信頼する息子と隣の家の娘のこんなところを見てしまったら、大変だと思ったのである。
 陸遜はのシャツの裾をたくし上げると、同時にブラもたくし上げてしまった。
 むき出しの乳房が揺れ、更に『見られたら困る』状況を作り出す。
 ファーストキスの直後に処女喪失、しかも玄関でという凄絶な体験は、その後の二人の付き合いに於ける主導権を陸遜に引き渡す結果に結び付いた。
 完全に役者の格が違っていた。

 仕事を終え、重い足を引き摺って家に帰る。
 社会人となった今、は一人暮らしを始めていた。
 とにかくあの家を出なければならんと思い込んでの一人立ちだった。
 実家は最早陸遜の第二の実家と化しており、の母親から絶大な信頼を受けた陸遜は、家に上がりこむのも疾うに当たり前になってしまっていた。
 鍵こそ預けはしないものの、父母がどちらかでも居れば普通に受け入れてしまうし、そうやって上がってきた陸遜は必ずと言っていい程に悪戯をする。
 酷い時には、居間に両親が居るにも関わらずセックスしてしまった。
 声を出すと両親に気付かれる、とやはりが言い含められ、それを一々真に受けるは抵抗らしい抵抗もせずに最後まで犯られてしまうのだ。
 家がいけない。家族の目に怯えるから、なし崩しになるのだ。
 そう思って、就職と同時に一人暮らしを始めた。
 だと言うのに。
「お帰りなさい」
 鍵を締めると同時にひょいと顔を見せたのは、一人立ちの原因たる陸遜だった。
 開けた時に出迎えないのが卑怯だ。
 居ることを微塵も窺わせないのが更に卑怯だ。
 そう言って責めると、陸遜は事もなげに答える。
「だって、鍵を開けた時に私が顔を出したら、は逃げるでしょう?」
「それは」
「居るって分かったら、入っても来ないでしょう?」
 当たり前だ。
 脱いだ靴を室内に持ち込む狡猾なまでの用意周到さを、褒められる訳がない。
 安住の地である筈の自分の部屋は、今や不埒な侵入者との待ち合わせ場所と化している。
 そも、の部屋の鍵をどうして陸遜が持っていたのか、問い詰めるのも恐ろしかった。鍵は、が持っている他は実家に預けてきてある。それとなく確認したが、鍵はが預けたきり仕舞ったままになっているというのが親の認識で、実際仕舞ったという場所にちゃんと保管されていた。
 考えられるのは、陸遜が実家からこっそりと鍵を盗み出し、コピーキーを作ったということだ。
 そこまでするだろうか。
 もしそうだとしたら、立派な犯罪だろう。陸遜は一体何を考えているのか。
 それは、渡せと言われても渡さなかっただろうが、それにしてもおかしいだろう。
 考え事をしている間に、陸遜の手がのスカートに掛かる。
「ちょ」
「騒いだら、ご近所の人に聞かれますよ」
 またか。
 家族の目を恐れて家を出たら、今度はそれがご近所に変わっただけだった。
 とは言え、悪評を立てられるのは間違いなくの方だ。早い時間から若い男を引っ張り込んで、となるに違いない。脅迫されて犯されていると言って、誰が信じてくれようか。
 ブラウスのボタンを外され、キャミの襟元からブラのカップの中へと陸遜の指が滑り込む。
 冷たい手の感触に、の肌が震えた。
「暖房が付いてたら、分かっちゃうでしょう。だから」
 気付いたのか、陸遜はのせいだと言わんばかりに耳元に囁く。
 ずれたブラから、先端の朱が覗いた。
 陸遜の舌が色の境目に沿って蠢き、は棒立ちになってそれを受け入れるしかなかった。
 パンティストッキングの上から、陸遜の指が秘裂を弄る。ざらざらとした感触に加え、湿った布がの過敏な箇所を刺激した。
「もう、濡れてきましたね」
 新発見に胸躍らせるような若い科学者のような態で、陸遜はひそひそと熱く語り掛けてくる。自分の様を詳細に観察され報告されることに、は淫虐の悦を感じてしまう。
、脱いで下さい。下だけでいいから」
「な」
 何でそんなこと、と続けるつもりが、一音で途切れてしまう。
「だって、私が脱がしたら破ってしまうでしょう?」
 早くと促され、は憤りを噛み殺しつつスカートのホックを外す。自分の意志ではないと怒り狂いつつ、けれどホックを外しているのは自分の手だという矛盾に苛まれた。
 ストッキングを下ろし、ショーツを下ろすと、陸遜はをベッドへと導く。
「乗って下さい、
 ベッドの端へ腰掛けた陸遜は、自らベルトを外し、ブレザーの下と真っ白いブリーフを下ろす。
 隆起したものがゆらゆらと揺れ、を催促していた。
「早く」
 言われるがまま、陸遜の昂ぶりの上に腰を落とす。
 先端が触れると、軽い衝撃がを襲った。
 陸遜が手で押さえている為、昂ぶりは惑いもせず槍のようにを貫く。全部がの中に沈み込むまで、しかし陸遜は動きはしなかった。
「入り、ましたね」
 ふぅ、と軽い溜息を吐く陸遜に対し、は逆に身を震わせていた。
 納められた陸遜の肉が、を責め続けている。じわじわと湧き続ける快楽に、それこそ真綿で首を絞められるが如く追い詰められていた。
「……陸遜……ねぇ……」
 涙が滲んでくる。
 激しく責め立ててもらわなければ、熱の昇華を迎えることはできない。
 強請るに、陸遜は意地悪く微かな笑みを浮かべた。
 腰を揺さ振ると、の中に波がさざめく。小さな揺れでも確実に悦を湧き起こし、を歓喜させた。
 だが後が続かない。
 再びが強請ると、また小さく揺さ振られる。
 そして動かなくなる。
「陸遜……!」
 の咽び泣くような声にも、陸遜はただ笑って応えるのみだ。
「自分で……ね?」
 分かるだろうというように小首を傾げる陸遜に、は究極の選択を押し付けられたような心持ちに陥る。
 けれど、結果は火を見るより明らかだった。
 肉は既にの中に納められ、はその肉がもたらす快楽をやり過ごすことができない。
 は着いていた膝を起こすと、陸遜の肩に掴まって少しずつ腰を浮かせる。
「……あ……」
 沈み、浮き上がる腰の振り幅が徐々に大きく激しくなっていく。
 肉と肉がぶつかる音が響き、濡れた肉を擦り上げる肉が卑猥な水音を奏でた。
「あ、あ、は、陸、遜、陸……」
 快楽から潤ませたの目に、陸遜の艶やかな笑みが映る。
「……気持ちいいですよ、。でも」
 浮いた腰が落ちた瞬間、陸遜はの腰を掴んで抱き上げる。
「やっ」
 自重で深く貫かれ、仰け反ったところを背中からベッドに落とされた。
「もっと激しくしないと、イけないでしょう……?」
 胸乳を掴まれ、腰を突き込まれる。
 自分で為すより尚激しく大きな動きに、は悲鳴じみた嬌声を上げた。
「ほら、静かにしないと……聞かれ、ちゃいます、よ……!」
 言葉とは裏腹に強く忙しく腰を押し込む陸遜に、は口元を手で覆い、絶頂の漏れる悲鳴を必死に殺した。

 陸遜の肉は萎れていたが、未だにの中に納められていた。
 繋がったままを離さない陸遜に、は何だか恥ずかしくて仕方がない。嫌がっている筈なのに、毎度毎度いいようにあしらわれて狂ってしまう自分が情けなくもあった。
「……あ、そうそう。今度、私もの会社に入ることになりましたから」
 さりげない言葉に、ふーんと聞き流しかけたは慌てて飛び起きた。
 陸遜の肉が中を抉り、は甘い声を上げる。熱は引き掛けてはいたが、未だ去った訳ではない。
「ど、どういう意味」
「どういうも何も。そのままですよ。今の高校中退して、入社するんです」
 海外のではあっても大学を卒業していることに代わりはないし、必要があれば会社に行きがてら大検も受けるつもりだという。
は、TEAM呉でしたよね」
 同じ部署を希望していますと言う陸遜に、はさっと青褪めた。
 ただでさえ年下の恋人がいると囃されているのに、その本人が同じ部署になったりしたら、今度は何を言われることか。
「や、やめてよぅっ!」
 半泣きのに、陸遜はあからさまにむっとした顔を見せた。
 あっと我に返るも、既に手遅れだ。
「折角私が同じ部署を希望してあげたというのに、そんな態度はないでしょう」
 『あげた』とは何だ、『あげた』とは。
 逆らいたくとも、を組み敷いた陸遜の肉は既に硬度を取り戻しつつある。圧倒的に不利なのは、の方だった。
「でも、なにもウチに入ってこなくたって……」
「だって、一緒の職場の方が何かと便利ですから」
 何がと喚くに不意を突いたように腰を打ち据えながら、陸遜は『二人が一緒の職場で働く利点』を一つ二つと上げていく。
「……二人で働いた方が、資金だってすぐに溜まるでしょう?」
 何のと切り返す余裕は、にはもうない。陸遜の昂ぶりがもたらす悦に翻弄され、意識も半分飛びかけていたのだ。
 それと見て、陸遜も口を閉ざしてに意識を集中させた。より深く悦楽を貪る行為に、若い陸遜が抗う理由はなかった。

 陸遜が、の裸を見た日からずっと責任取って結婚しようと決意していたと知ったのは、本当に籍を入れてからのことだった。
 そこでまた一悶着が起きるのだが、これはまた後日の話になる。

  終

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