「嫌いなのです」
 はっきりきっぱり言い切られ、は戸惑いながらも適当な相槌を打つ。
「特にあの、色彩ですね。私の美しいものを愛でる目には、到底見るに耐えません」
 張郃は、この時期どうも機嫌が悪い。
 理解し難い感性の持ち主だから、敢えて理由を尋ねる者は少ない。
 何に付け隠し事にはまったく興味がない人で、それは素直に教えてくれはするのだが、大抵理解できないから皆も尋ねない。
 けれど、は分からないことがあれば人に聞くように教えられ育ってきた。
 生来の性格も相まって、立ち止まって考えるということをしない。
 なので、被害はもっぱらが被るという図式がTEAM魏では成り立っていた。
 周囲の者も、の気質にフォローの限界を悟り、もはや態の良い犠牲状態に奉り上げているような状態だ。
 それがいいか悪いかはさておいて、この時もまた、張郃のあからさまな機嫌の悪さにがついついちょっかいを出してしまったのが始まりだった。
 では、張郃が何をそんなに厭ってみせているかと言えば、何と『ハロウィン』が嫌いだからだなのだそうだ。
 上記遣り取りの通り、色彩センスが張郃には最も許せない点らしいが、そこに至るまでにも色々と嫌いになった理由が付け加えられていた。
 からしてみれば、それはもう難癖以外の何物でもないような内容だ。
 張郃にしては、少々珍しい。
 こんなお祭り騒ぎなら、逆に誰よりも楽しみそうな気がするのだが。
 は、素直に疑問を問いに直す。
 万事腹に溜めておけない性質だからだろうが、これはこれで色々問題だろう。
「……あのですねぇ、
 祭りだったら何でもかんでも良いという訳ではないと、張郃は至極真っ当なことを言い出した。
「それに、。貴女はご存知か分かりませんが、そもそもあの祭りは北方の民を教えに引き込む為に、某十字軍をお抱えになっている巨大組織の陰謀の末に捏造されたもの、なのですよ。十一月の初日、聖人を称える日に無理やりくっつけただけの代物です。盆も彼岸も蔑にするようになりつつある日本人が、何故異国の風習をそんなに有難がるのか、私には分かりかねます」
 何故そこで盆と彼岸が出てくるのか、の方こそ分からない。
 首をぐにっと横に曲げたに、張郃は笑って教えてくれた。
「……祭りの内容を解くに、そもそもハロウィン、万聖節、死者の日と続く、あちらなりの盆と解釈してよろしいかと思いますよ。ただ、先程も申し上げました通り、ハロウィンは後付けで無理に合併させた所以でか、独立して逆に大きな祭りになったように思いますけれど、ね」
 確かに、そんな話はは知らない。
 調べれば分かることなのだろうが、由来や所以をいちいち調べたりはしないだろう。
 それこそ、学生の時の文化祭や体育祭と一緒で、『何故やるか』とは考えず、『やることになっているからやる』として、粛々と参じるのが当たり前だった。
 逆に、そんなことまでいちいち調べている張郃に、何とも言えない得体の知れなさを感じる。
「何ですか、その顔は」
 敏い張郃は、の考えていること等お見通しだと言わんばかりにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「感覚の好き嫌いだけで話をするような、底の浅い真似を私がするとでも? 批判するにはするなりの理由を幾らも用意するのが、私の流儀ですよ」
 もっとも、『こうだ』と言ったものを『そうか』で納得してもらえるに越したことはないが、と張郃は付け足す。
 議論を議論として考え接してくれる相手なら楽しいが、押し付けと捉えられるととても厄介なのだと零しもする。
「……別に、私、押し付けたりしませんけど」
「貴女はそうでしょうね」
 間髪入れず返す張郃は、ふふ、と悪戯っぽく笑う。
「だから、好きですよ」
 言うに事欠いて、とんでもないことを言う。
 はぎょっと目を剥くが、張郃は素知らぬ顔で背もたれにもたれ、軽く足を組む。
 そうしていると、ちょっと、いやかなりかっこ良く見えて、も少しばかり見とれてしまうのだった。
「……ですが、世の中には、私の言っていることを『押し付け』と取る方もいらっしゃいましてねぇ……なかなか、曹操様のように察していただけないものです」
 曹操クラスの洞察力の持ち主など、早々居る筈がない。
 否、洒落でなく。
 は、自分が泥沼化する前にとりあえずの方向転換を試みた。
 張郃相手に思い詰めての議論等、しようもないししょうもない。
「でも、だったら張郃主任好みのハロウィンにしちゃえばいいのに」
 小首を傾げる張郃は、要らぬことを言ったかと黙り掛けたに話の続きを指をひらめかせて促す。
「……えっと。だから、主任好みの美しいハロウィンを考えたら、主任も世の人々も居り合い付いて万々歳じゃないですかって」
 思いますけど、と続く言葉は言葉にならなかった。
 座っていた筈の張郃が、不意に宙に飛び上り、の横に舞い降りたからである。
 どんだけジャンプ力あるんだか、と心のツッコミを入れたの体は、気付いた時には張郃によって床すれすれに宙釣りになっていた。
 いわゆる、タンゴダンスなんかで見られる『例のアレ』的フォームを取らされている。
 呆然とするの鼻先で、張郃は長い睫毛を瞬かせた。
 近過ぎて、星なんかも見えた気がするが、きっと気のせいである。
「素晴らしい」
 Bravo、という歓声に合わせ、の視界は元に戻った。
 と、思ったら回っていた。
 綺麗に一回転半を決めて、背中から張郃に抱き締められる。
 腕が捩じれて痛い。
「その素晴らしい企画力に免じて、貴女には、私とのペアを申し付けましょう!」
 高らかに宣言を発する張郃が、何を言っているのやらにはさっぱり分からない。
 しかし、張郃はに構うことなく実に楽しそうな様子でスキップを踏みながら、どこへやら立ち去って(スキップ去って?)しまった。
 残されたは、夢でも見たかのような心持ちで、とりあえずその場の後片付けに勤しむことにした。
 事実は単なる現実逃避だが、張郃配下の少しでもまともな神経持ちには、そんな逃げも許されて良いと思う。
 大体、そんな時間は大抵長く続かないからだ。
 荒々しくも凄まじい勢いでチーフルームに駆け込んできたのは、夏侯淵だった。
っ!! お前ぇ、ウチのTEAMをネズミの国にでも身売りさせる気かっ!?」
――何を言ったんだろう。
 気が遠くなり掛ける自分を戒めながら、張郃と言う人の底の知れなさにいっそ感心さえしていた。

 終

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