「うぁ、どうしようコレ」
嘆き声を耳にして典韋が振り返ると、この忙しいのにデスクに突っ伏しているの姿があった。
「何してんだお前ぇ。さっさと仕事片付けないと、残業になんぞ」
TEAM魏では残業は罪悪だ。
定時内に仕事を終わらせるようスケジュールを立てさせ、尚残業になる者は査定に響くと専らの噂だった。
これに当てはまらないのが部長の夏侯惇と張遼で、前者は曹操の楽しい嫌がらせから、後者は査定など何処吹く風の泰然自若振りから残業しまくっている。
それはともかく、のデスクの上には白い箱が置いてあった。
「何だ、そりゃあ」
見たところケーキの箱だった。
「見たところじゃなくて、ケーキの箱ですよ。ホラ」
金のシールを破って封を開けると、確かに中にはイチゴの乗ったショートケーキが入っていた。
売り物にしては少しばかり歪な形をしていると内心思っていたが、の手作りだと聞いて得心した。
「許褚先輩に食べてもらおうと思って、作ってきたんですけど」
「……あー」
クリスマスだからと作ってきたのだろうと思うと同時に、許褚はケーキなどの洋菓子が好きでないことを思い出す。
クッキーなどはそれでも口にするが、生クリームはどうしても苦手らしい。それでも気付かなかったのだろう。
「どうしよう、コレ」
「どうって、自分で食えばいいじゃねぇか」
「嫌ですよ、人に作ってきたものを自分で食べるなんて」
頬を膨らませるに、典韋もそれもそうかと考えた。
しかし、ケーキはナマモノなのだ。
温か過ぎるという訳ではないが、それなりに暖房の効いているフロアにいつまでも置いておけるものではない。
「……わしで良けりゃ、食べてやろうか」
「えっ」
の口がぽかんと大きく開かれる。
「あ、いや、嫌ならいいんだけどよ」
さすがに厚かましかったかと席を立とうとした典韋の手を、は慌てて引っ張った。
「ちち、違います、違うんです! た、食べて下さい!」
叫んでから思い出したように、あっと小さく驚いて手を離す。
みるみる赤くなるに、典韋も妙に照れ臭くなるのを感じた。
とりあえず冷蔵庫に、と給湯室にケーキを運んできた典韋は、麦茶を温めている許褚を発見した。
「よぉ、許褚」
「あ、典韋。どうしただ、こんなところに」
典韋はもっぱらペットボトル派で、給湯室に足を踏み入れることは滅多にない。自分だけだからと自分の飲むお茶は自分で用意する許褚とは正反対なのだ。
「お前ぇがいらねぇって言いやがるから、お零れでケーキもらってよ……さすがに今食う訳にはいかねぇからな」
せめて一口なり食ってやればいいだろうよと説教垂れると、許褚は小さな目を丸くした。
「……おいら、知らねぇぞぉ」
「あ?」
典韋が目を顰めると、脇から夏侯惇の配下の娘がひょいと顔を出した。
「駄目デスよ、ちゃんと言っといたじゃないスか」
許褚に向かって、め、と言い捨てるなりてけてけと駆け去って行ってしまい、捕まえられなかった。
「……どういうこった」
残された許褚は逃げ道を塞がれ、迫り来る典韋に進退窮まり目を白黒とさせた。
戻ってきた典韋は、の頭に軽く手を載せる。
軽くと言っても強力で鳴らした典韋の分厚い手の話であるから、は危うくデスクに額を打ちつけ掛けた。
「な、何ですか、典韋主任」
「今日、どっかメシでも行くか」
きょとんとして典韋を見上げたに、典韋は鼻の下をしきりに擦り上げた。
「……あー、さっきの、な。ケーキの。一応曲がりなりにも、クリスマスプレゼントになるだろ?」
お返しをしたいと言うと、の顔がぱっと綻んだ。
典韋の心臓が小さく跳ねる。
こんな別嬪だったっけかな、と急に焦った。
「あー、何だ。何食いたいか、考えとけよ」
「はい!」
明るく答える声に背を向け、典韋はデスクに着いた。
どうしてが自分などを好きになったのか、それは許褚に聞いても定かでなかった。
だが、ただ渡しても受け取ってもらえないかもしれないからと、許褚に頼み込んでダシになってもらう算段だったと聞き及び、馬鹿馬鹿しいやら小っ恥ずかしいやら、典韋は妙に落ち着けなくなる。
確かに、ただ渡されただけだったら照れ臭くて受け取らなかったかもしれない。
しかしそれもあくまで過程の話で、受け取ってしまった今となっては、もしケーキの箱を差し出されていたらどうしていたかなど考えられなかった。
せめてプレゼントを受け取って欲しいという気持ちは、手作りなんて重くて嫌かもしれないという気持ちは、けれど考え過ぎだと典韋は思う。
どうしたもんかな、と考え始めたら、仕事が手につかなくなってしまった。
結局残業になってしまった典韋に、は率先して手伝いを申し出、二人で残業することになった。
それを見ていた夏侯惇とその配下の娘がどう手配したかはしらないが、次の日には公認カップルとなっていたことに典韋は愕然とし、それでも照れ臭そうに頭を掻いた。
終