南瓜を一つ、台を転がし手元で止める。
不気味な顔が彫られた南瓜だ。
三角にくり貫かれた目は文字通り虚ろで、口を模した三日月型の空洞と相まって非常に不気味な視線を投げ掛けている。
我が身に降り掛かる災難を厭い、恨みがましい視線を注いでいるようにも見える。
それを、砕く。
脳天から三節棍の一端を使って、どこんと打ち砕く。
砕いた南瓜を手の甲で押し遣り、脇に置かれたたらいの中に落とす。
たらいの中は、砕かれた南瓜で既に小山になっていた。
この作業を、もう幾度も繰り返している。
砕いた南瓜の数に至っては、最早数えるのも面倒だった。
「お疲れさま、公績」
足取りも軽やかに歩いてきたのは、だった。
この不気味南瓜の大量産出者である。
「お疲れさまじゃ、ないっての」
腹立たしげに返しながら、しかし手は休めない。
後数個で終わりということで、気持ちは多少楽になっていた。
もしも終わりが見えない時であったら、腹立たし過ぎて口も聞いていなかったに違いない。
凌統が腹を立てているのはもよくよく分かっているようで、苦笑を滲ませながらも凌統の態度を責めることはなかった。
「これ、良かったら」
疲れた時には甘いものだと、は小さな飴を差し出した。
薄い色紙に包んであることから、がこちらの世界に持ち込んだ『虎の子』であることが知れる。
それだけ凌統には感謝している現れなのだろう。
事の起こりは、至極単純だった。
が酒のつまみにとハロウィンの話をし、面白がった孫家の手で実行に移されたというだけだ。
言葉にすれば簡単だが、祭を執り行うに際し、当然それなりの労苦と業務が発生する。
そのほとんどを一部の者が負担することとなり、その一部には凌統も含まれていた。
現在は『後片付け』という大任を担い、黙々と南瓜の化け物を煮物に退治する下準備に勤しんでいるという次第だ。
形はどうあれ、食べ物を粗末にしてはいけない。
ちなみに、くり貫いた中身は月餅の餡の材料として、既に調理消化済みである。
それにしても理解に苦しむ、面倒な祭だった。
発案者がでなければ、凌統は恐らく手伝わなかったことだろう。
初めてのことには何かと手が掛かるものだし、子供を中心に据えた祭という前口上があった時点で、途方もない労力を要することは分かり切っていた。
敢えて手伝いに駆り出されたのは、単にが凌統の恋人だったからである。
その恋人にもつい素っ気なく当たってしまうのは、この際見逃して欲しいところだった。
有り体に言えば、時間に追われて寝不足続きの上、疲れて口を聞くのも億劫な状態なのだ。
礼も言わず、惰性で南瓜を叩き潰し続ける凌統に、は無言で飴の包み紙を剥いだ。
赤く透き通るような飴が、凌統の口元近くに差し出される。
甘い不思議な匂いが凌統の鼻をくすぐり、凌統は無言で飴を口に含んだ。
舌先がの指にも触れ、微かに上がった声を密かに聞く。
は自分の声に赤面したが、凌統は敢えて気付かぬ振りをした。
しばらく凌統の様子をじっと窺っていただったが、やがてその隣に腰を下ろす。
どかん、どかんと耳障りな破砕音が続いていたが、ようやく最後の一つを潰し終わり、凌統は軽く溜息を吐いた。
「お疲れさま」
はもう一つ飴を取り出し、凌統に手渡す。
今度は自分の分も取り出し、舐め始めた。
凌統はそれを見届けると、何気なく問い掛ける。
「とりっく、おあ、とりーと?」
の目が少し大きく見開かれ、笑おうとしたのか唇がわずかに吊り上がった。
瞬間、凌統はの肩を抱き寄せ、唇を合わせる。
のみならず、その柔らかな唇を割り、舌を捩じ入れた。
が呆気に取られるのも構わず、むしろ幸いとばかりに歯列に沿って舌を這わせ、くすぐるように舌先を小刻みに震わせる。
舌を絡め取られていく内に感覚が戻ってきたか、は猛然と暴れ始めた。
だが、凌統は許さない。
苦みを含んだ唾液を泡立て、吸い、吸わせ、呼吸しようと開く唇を食んでは舐め、歯面に口付けを落とす。
がくがくと揺れ出した足を割り、服の裾から手を差し込むと、その最奥にある湿り気を帯びた柔肉を下着越しに撫でた。
形を確かめるように這う指先は、いつしか窪みを生じる筋目を見出し、丹念になぞってはその往復を繰り返す。
頬を紅潮させ身震いするの口から、意味を成さない声が漏れ出した。
凌統が一度体を離すと、はくったりとして目を閉じたまま、閉じるに閉じられないでいるのだろう内腿を晒していた。
力が入らないらしい。
膝がわなわなと震えていたが、何故力が入らないのかは一目瞭然だった。
下着から滲む愛液は、既に溢れて隠しようもない。
汗で濡れているのか愛液で濡れているのかと、問い詰めてみたくなる有様だった。
まじまじ見ている凌統にもまったく気付いていないようだ。
男の欲情をくすぐる良い眺めではあるが、眺めているばかりではつまらない。
凌統は、の耳を軽く噛み、引っ張る。
刺激で正気を取り戻したか、はしぱしぱと瞬きした。
「とりっく、おあ、とりーと?」
吹き込むように囁くと、は唇を戦慄かせた。
口をぱくぱく動かすのを見て、凌統は耳を寄せる。
「……あ、飴、あげ、たで、しょ……」
「それは、『合い言葉』を言う前、だろ?」
あっさり、残酷なまでにきっぱり却下する。
は荒い呼吸を繰り返し、何とかして落ち着こうとするのだが、凌統に引き寄せられて唇を貪られままならない。
後頭部に凌統の手が回り、押さえ込まれていて身動ぎもできず、凌統の荒い口付けをひたすらに甘受するだけだった。
「まぁ、『ここ』にあった飴でもいいかって思ってたんだけどさ」
の口中を凌統の舌が隅なく舐め尽くす。
「……なくなっちゃったみたいだし、ね。しょうがないから、いたずらに切り替えようかと思ってさ」
が舐めていた飴は、凌統との口付けの間に溶けたか喉奥に落ちてしまったようで、影も形もなくなっていた。
いたずら、と呟くに、凌統はくつくつと笑う。
「これもまぁ、いたずらっちゃいたずらだけどね……今日はご褒美かねて、もう少し濃い感じでさ」
襟を割いて忍び込む指は、すぐにそこにある頂点を探り出し、緩く捻る。
固くしこって立ち上がる乳首を指の腹で潰し、撫で擦った。
「ん、ん、ん……」
堪えても漏れる甘い声に、凌統も頬を紅潮させ、乱れるの表情を見詰める。
先端をのみ嬲っていた指を手のひらに変え、乳房を揉みしだくように乱雑にこね回す。
辛うじて隠れていた胸が勢いで露わになり、晒される感覚がを正気に引き戻した。
「あっ……ちょ、ちょっと、公績、駄目っ!!」
「今更」
軽く、しかし強固に否定すると、凌統は『いたずら』を再開させる。
胸乳の柔らかな肉を強く弱くと揉み上げて、唇を使って耳から顔の線をなぞり、舌を差し出しの唇を舐める。
堪え切れずに上がる嬌声に耳を傾けて、高ぶる肉をの尻に押し付けた。
擦り付けるように腰を寄せると、の尻が揺れる。
誘っているようだ。
無意識かは分からないが、少なくともの体は凌統を求めている。
このまま、と身を乗り出せば、思わぬ逆襲に遭った。
の手が凌統の髪を掴んだのだ。
なまじ尻尾に結い上げていたので、掴みやすくまた痛みも大きい。
さすがに耐えかねた凌統が愛撫の手を止めると、は必死に呼吸を整え、凌統にすがりつく。
「ここじゃ嫌、だから……!」
それだけ言うのが精一杯で、後は悪夢に魘されしがみつくように、の四肢が凌統に絡み付く。
凌統は周囲にちらりと目を遣った。
砕いた南瓜の欠片や汁気が辺りに飛び散り、大きいだけが取り柄の粗末なたらいには、山盛りの南瓜が盛られている。
確かに、濡れ場に入るには少々難のある場所だ。
まして、初めてのであれば尚更だったろう。
触れることはあっても最後までしたことがなかった。
何だかんだで事が進まず、けれどそれでもいいかと流してきていたのだ。
「……場所、移っとくかい?」
は、逡巡を見せつつ小さく頷いた。
するのは嫌ではないらしい。
凌統の口元にも、安堵の笑みが浮かんだ。
の身支度を整えると、と三節棍のみ抱えて、凌統は自室に向け歩き出す。
「今夜は『いたずら』だけじゃ、済まないかも知れないなぁ」
暗に最後までと含ませる凌統に、はぴくりと震える。
恐怖からなのか期待からなのかは分からないが、は暴れることもなく、凌統の背中に回した手も離れることはなかった。
どうにも可愛くなって、くつくつ笑いがこみ上げる。
それがの勘に触ってしまったらしい。
「……公績、疲れてるんじゃなかったの」
最後の抵抗とばかりに噛み付いてきたにも、凌統が慌てる様子はない。
「疲れたからこそ、ゆーっくり癒されたいんだっての」
屁理屈だと喚くを黙らせて、凌統は祭の終わりを迎えるべく足を早めた。
こんなご褒美、もといいたずらが許されるのであれば、来年もまた手伝ってやってもいい。
口に出せばまたもやに噛み付かれそうで、だから凌統は、後で言おうと心に決めた。
言わずにおけばいいことだったかも知れないが、凌統は、むきになるの顔が、それはもう大好きなのだ。
だから、これは、仕方がないことだった。
終
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