慎ましやかながら、はハロウィンを祝うことにした。
 祝うと言っても具体的に何をしていいのかまでは知らず、精々ハロウィンのカボチャだの仮装するだのといった程度の知識しかない。
 それでも、の保護者たる貂蝉からは面白そうだと相槌を打たれ、厨房からの頭より大きなカボチャを譲り受ける算段まで取り付けてもらえるに至った。
 中身は繰り抜いて甘く煮付け、外はカボチャのお化けにする予定だ。
 貂蝉と、二人きりで合い言葉を交わし、煮付けたカボチャを食べるだけだという何とも小規模なハロウィンだが、それはそれで楽しいかもしれない。
 鍋の準備は既に貂蝉が始めている筈なので、は急いで戻らなければと足を速める。
 それが、まずかった。
 角を飛び出した先で誰かとぶつかり、勢い良く引っ繰り返る。
 頭に載せて両手でしっかり固定していたのが幸いしたか、カボチャに被害はなく、主にの尻だけが被害に遭った。
「いた……」
「おい」
 腰を押さえながら立ち上がろうとすると、遥か上から声が降って来る。
 低く、短いにも関わらず、空気をびりびり震わせるような声の持ち主は一人しかいない。
「…………」
 恐る恐る顔を上げたの前に、不機嫌そうな呂布がを見下ろしていた。
 悲鳴が出なかったのは、怖過ぎて喉が引き攣ったせいだ。
 引き攣りついでに変な声が出なくて良かったと、妙なところで安堵した。
「す、すみ、すみませ、せん」
 とにかく謝らなければと思うも、声が震え出しておかしなラップ状態に陥っていた。
 変なところで安堵して生まれた余裕に、恐怖がぱんぱんに詰め込まれた感じだ。
「す、みま、せ、ん」
 ラップはさすがにマズイだろうと言うことで、必死に押さえてみたものの、今度はブツ切りの発音になった。
 どちらがマシかと考えて、出た答えは一つだ。
 どっちも最悪だ。
 呂布が最強ならぬ最凶であることは、貂蝉付きの女官達からかねてより聞かされている。
 相手をするのが貂蝉並の美女であればまだしも、他は十把一絡げ、雑魚、虫けらと言いたい放題であるらしい。
 そんな雑魚虫けらの類の一匹に体当たりを食らったとなれば、呂布が激怒するのは必定だろう。
「おい」
 声を掛けられ、は首を縮込ませながらも必死に顔を上げる。
 目を逸らしたままでは無礼と罵られ、尚更命が危うくなりそうだ。
 上げた段階で、今度は目を見たら無礼だったかも、と真逆のことを思い付き、泣きそうになる。
「それをどうする気だ」
 それ、と言われては呂布の目を見る。
 呂布はこちらを見ているが、よくよく見ればの少し上、頭上の辺りを見ているようだ。
 釣られて頭上を見上げれば、そこにはカボチャが鎮座ましましている。
「食うのか」
 食糧泥棒と間違えられたのかと、はさっと青ざめた。
「こ、これは、ちゃんと、貰う約束をしていて」
「食うのか。食わんのか」
 聞いているのはそれだけだとばかりに、呂布の威圧的な声が腹に響く。
 胃がきりきりと痛んだ。
 本当に泣きそうになりながら、はぶんぶんと首を振る。
「食わんのか」
「たっ……食べます、けど、中身繰り抜いて……外っ側は、このまま使うから……」
 怖くて、それだけ言うのが精一杯だった。
 呂布は、ふん、と軽く鼻息を吐く。
 にしてみれば、そんな鼻息でさえ突き刺さるかと思うぐらいに怖い。
「そのまま、持っていろ」
 え、と顔を上げ掛けたは、呂布がやたらと馬鹿でかい得物を構えているのを見て首が縮んだ。
 斬られる、と思った瞬間、ばひゅん、と鈍くも鋭い音がして、は死んだ。
 ……ような、気になった。
「動いても構わんぞ」
 呂布の声に、は閉じていた目を恐る恐る開ける。
 その時にはもう、呂布の後ろ姿はかなり遠くの距離に離れていた。
 体を見遣るも、どこにも傷はない。勿論、首も繋がったままだ。
 呂布は一体、何を斬ったのだろう。
 ふと気が付いて、頭の上のカボチャを下ろす。
 筋肉が、強いられていた緊張でがちがちに強張って難儀させられたが、どうにかこうにかカボチャを下ろすことに成功した。
 見て、愕然とする。
 カボチャの上部二センチ程が、綺麗にすっ飛んでいた。
 鮮やかな黄色を剥き出しにした切断面はつるつるで、好奇心から触れてみれば、心地よい程滑らかだ。
 切り取られたへたの部分は、の後方十数メートル向こうに落ちているのが見付かった。
 ぶつかられた腹立ちまぎれに、カボチャを斬ったか。
 それではあまりに話が合わないように思う。
 は、カボチャを抱えて無事に繋がったままの首をひねった。
「あ」
 ひょっとして、ではあるが、もしかしたら呂布は、を助けてくれたのではないかと思い当たった。
 命を助けて、ではなく、手伝ってくれての意の『助けて』だ。
 生のカボチャが切り難いのは、経験者なら誰でも知っていることだろう。
 現代でなら電子レンジなどの裏技を駆使する手もあるが、この世界でそんな便利なものがあるとも思えない。
 本の中には『斧でカボチャを切り分け』云々という記述があることもあって、品種によるとは思うが昔から難儀な品だったのだと想像が付く。
 呂布が斬ってくれたこのカボチャは、『中身を繰り抜く』為には正にうってつけの形ではないか。
 カボチャを繰り抜くと言ったのは、他ならぬだ。
――それをどうする気だ。
 今にして思えば、あれは、食べるなら切ってやろうかという親切な申し出だったのかもしれない。
 確認の取りようもないが、そうだと思えばそんなような気もする。
 もしそうだとしたら、だが、呂布はああ見えて本当はとても優しい男なのかもしれない。
 は呂布の去って行った方向をもう一度見遣った。
 影も形もない。
 ある筈もない。
 けれど、気が付けばの頬は赤く染まっていた。

 終

The orderer :ささ様 おらくる様

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