「馬鹿め! 凡愚め!」
 眉を吊り上げて喚く司馬懿の周りを、子供達は囃し立てながらぐるぐる回っている。
 完全に、興奮することに興奮して訳が分からなくなっている状態だったが、囲まれている司馬懿も似たような状態なのが笑えない。
 司馬懿が『こちら』にやってきたのは、もう半年も前だ。
 暴走したPS3が煙を吐いたと思った瞬間、部屋の中に稲光が走り、頭を抱えたが顔を上げた時には既に司馬懿が居た。
 以来、司馬懿はと同棲する生活を送っている。
 しかし、困ったことが一つあった。
 司馬懿が、の用意した服を着てくれないのだ。
 馴染まないとか着難いとか、色々な理由があるとは思うが、洗濯する時もシーツを被って凌がれてしまう。
 司馬懿の服は、正直洗い難いし乾き難い。
 そんなこともあって、出来れば普段くらいこちらの服で過ごしてほしいのだが、なかなか言うことを聞いてくれない。
 挙げ句の果てに、ハロウィンを迎えた今日、司馬懿の装いを仮装と勘違いした子供達に囲まれてしまうという醜態を晒している。
 自業自得と言えば自業自得だが、多少可哀想な気もしてきた。
 助けてやろうかと思い始めた頃、ちょうど司馬懿と目があった。
!」
 呼ばれたの目が丸くなる。
「何をしている! 早くこの童共を何とかしろ!」
「……あ、うん」
 半ば呆然として子供達の輪を遮り、司馬懿を連れ出す。
 の様子に醒めたのか、子供達もおとなしく司馬懿を見送る。
 一人憮然としてに手を引かれていた司馬懿は、ある程度人混みが途切れたところで、その手を振り払った。
「何故、さっさと助けに来ない!」
「イヤ、別にいらないかと思って」
 どこかぼんやりしたに、司馬懿もさすがに気が付いた。
「どうした」
 不承不承の態で問う司馬懿を、は茫洋と見つめる。
「あ、うん、っていうか、初めてだったなぁって」
「何がだ」
 イライラしながら問い詰める司馬懿に、は苦笑を浮かべた。
「うん、だから、司馬懿が私の名前呼んでくれたの。初めてだよね?」
 言われて、司馬懿も考え込む。
「……知らぬな」
「うん、や、そうだよ」
 司馬懿の緩い否定に俄然自信を持ったは、珍しい珍しいと連呼し始めた。
「うるさい」
「や、だって珍しいし」
 くすくす笑うが勘に障ったか、司馬懿は盛大に顔をしかめる。
「うるさい、ならばこれからはいつでも幾らでも呼んでやるわ」
 吐き捨てる司馬懿に、はぱぁっと目を輝かせた。
「うわ、じゃあ今、今!」
 喚き散らすに、司馬懿は何故か罠にはめられたような心持ちに陥る。
「ねえ、今、今!」
「うるさい!」
 を置き去りに足早に歩く司馬懿にも、は怒ることはなかった。
 立ち去り間際、その頬が赤かったのを見たからかもしれない。
 司馬懿に名を呼ばれる嬉しさ、くすぐったさにほころびながら、はゆっくり司馬懿を追った。

 終

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