季節は夏へと向かっている。
 未だ肌寒い日もあるが、日の沈むのが徐々に延びていることを鑑みても、季節は確実に巡っているのが分かる。
 は、先日来同居人となった諸葛亮へと目を向けた。
 がっちり、がっつり着込んでいる。
 冬にはいいが、夏にはあまり見たくない服装だ。
――だって、見ているだけで暑いもの。
「……ねぇ、諸葛亮さん」
「何か」
 熱心に書物に読みふけっていた諸葛亮は、顔も上げずにに答える。
 ゲームの世界からやってきたせいか、諸葛亮にはこの世界の文字が読めるとのことだった。意味不明な単語も多かった筈なのだが、今ではが使ってる電子辞書を我が物顔に駆使し、大抵のことは理解できるようになってしまっていた。
 ちなみに今読んでいるのは、図書館でに借りさせた『六法全書』だ。何が面白いのか、にはさっぱり分からない。
 ただ、まぁ手の掛からない同居人であることは確かだった。
「……あのさぁー」
殿」
 いきなり諸葛亮が顔を上げる。
「私に、タンクトップかTシャツにクロップドパンツ、クロックスを穿かせたついでに髪を一本に縛ったところをご想像下さい」
 この間一秒。
「立派な引きニートの出来上がりでしょう。そうは思いませんか。ちなみに、髭は剃るつもりはありませんので悪しからず」
 一秒じゃ想像も出来なかったが、遅ればせながら頭の中に浮かんだ諸葛亮の姿は、確かに立派な引きニートだった。厄介ごとになっても面倒だからと、あんまり外に出ない辺りが説得力を増す。
「それに、私はあまり暑い寒いを感じないようです。殿に我慢を強いるのは心苦しいですが、何卒ご了承下さいますよう」
 付け足しが来て、止めになった。
 諸葛亮が暑くないのであれば、見た目の問題のみになる。そうなれば、が我慢するしかなさそうだ。
 と、ついっと一枚の紙が差し出される。
 何だこれと受け取って見ると、そこには鮮やかな着物を着た和服美人が微笑んでいた。
 何かと思えば、着付け教室のチラシだ。
「どうしても、ということであれば、こちらで妥協していただきたく」
「妥協と言いますと」
 返す刀でが問うと、諸葛亮は重々しく頷いてみせる。
「その装束であれば、私も妥協いたしましょう」
「……妥協はいいんですけんども、着物って高いし男性の着付けって女の着付けとはまた、違うもんなんですけんども」
 諸葛亮は、またも重々しく頷くと、美しい手裁きでチラシをひっくり返す。
 指し示した先のコースは、二番目にある『ちょっと上を目指す方に』という注釈付きのコースで、値段もお手頃だ。コースの最後に『男性用浴衣着付け』と書かれてある。
「……浴衣……」
 が呟いている間に、諸葛亮は新たなチラシを取り出している。
 予想はしていたが、浴衣安売りのチラシだった。実物がどんな出来かは分からないが、えらく安い。
「……とっても……安いです……」
 そうでしょう、そうでしょうと諸葛亮が頷く。
 何だか逃げられない空気になってきた。
「……えっと……じゃあ、浴衣は今度の日曜にでも……」
「はい、行ってらっしゃい」
 渋々切り出すと、諸葛亮は綺麗に切って捨てた。
「……一緒に行くんですよね?」
「浴衣であればサイズを気にする必要はないでしょう。柄はお任せいたします故、よろしくどうぞ」
 まさかと思うが、そこまで考えての『譲歩』だったのだろうか。
 否、とは言い切れないのが諸葛亮という男であろう。
 主導権はにある筈なのだが、一事が万事この調子である。
 手の掛からない同居人であることは確かだが、何となく腑に落ちないものを感じるだった。

 終

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