現代に生きるの前に、武将達が現れて久しい。
 新年を迎えるにあたり、おみくじクッキーを作って配ることにしたのは、単なる思い付きだった。

 気まずい空気が流れた。
 何故、よりにもよってそれを引くのか。
 否、何故それを作ってしまったのか。
 徐庶の手の中には、『凶』のおみくじが暗い影を落としている。
 おみくじクッキーの中に、一つだけ混ぜ込んだものだ。
 数は余るように多めに作っていたし、例え引いたとしても笑い話になるだろうと見込んでいた。
 ただ、それを徐庶が引いたとなると、どうにも笑えない。
 引くべくして引いたとしか思えないからだ。
 恐らく、徐庶本人もそう思っているだろう。
 顔が笑ってない。
 下がり気味の眉が、更に下がっている。
「えっと」
 フォローしなければ、と焦るも、何をどう言ったものだか分からない。
「えっと」
 握った拳だけが力強い。早く何か言わなければと考えれば考える程、頭の中が真っ白になった。
「えっと」
 ではない。
 徐庶が、ぼそりと呟いたのだ。
「……気遣ってくれなくて、構わない。別に、俺は気にしてないから」
 これが気にしていないなら、世界に気にすべきことなど一つもないと断言できる程、滅茶苦茶気にしている口振りだった。
 徐庶が踵を返そうとしているのを、気配で察する。
 このまま帰してはいけない。
 絶対にいけない。
 は、思わず徐庶の手を取っていた。
 酷く驚いている。
 当然だろう、も自分がこんな行動をするとは思っていなかった。
 もう逃げ道はない。
 行き当たりばったりでも、何かをどうにかするしかないのだ。
「えっと」
 は、おみくじクッキーを一つ、割ってみた。
 中から出てきたおみくじには、『大吉』の文字が鮮やかに記されている。
「わ、私、大吉です」
「……そう、だな」
「だから、あの」
 一瞬考え、閃いた。
「私と、徐庶さんで、足して割って、半分、にしましょう」
 へどもどしながら言い切って、よし、と再び拳を握る。
 肝心要の徐庶は、きょとんとしている。
 むしろ好機と、はまくし立てた。
「凶と大吉で足して割ったら、吉と中吉の間くらいには、なりそうじゃないですか? だから、そうしましょう! ね!」
 そういう問題ではないのだが、そういう問題ではないと悟られさえしなければ良い。
 徐庶の手にあるおみくじに指を掛ける。
 さり気なく奪い取ろうとするも、引き抜く瞬間に握り込まれて失敗した。
「どうやって?」
「ど」
 思いもよらぬ問いに、の思考は停止する。
 徐庶は、じりっと半歩、前に、の方に踏み出した。
「どうやって?」
 覗き込まれる目が近い。
 静かな眼差しの奥に、熱を感じる。
 頬が熱くなった。
 真っ直ぐ過ぎて、気付かない振りは罪悪だとさえ思えてしまう。
「あの」
 徐庶は、静かにを待っている。
「あ、の……」
 口の中が、やけに乾く。
 言葉に出来ず、目を閉じた。
 徐庶が驚いているのを感じる。
 転瞬、間近に感じたのは徐庶の体温だった。
 そのまま、時が経つ。
 何もない。
 不思議に思って、恐る恐る目を開ける。
 徐庶の顔が間近にあった。
 びっくりし過ぎて、固まってしまう。
 徐庶が声もなく笑いだし、その吐息にくすぐられ、の顔が赤くなる。
 赤面したのを見られたくなくて、徐庶の胸に顔を埋めた。
 徐庶の腕がすぐさまの背に回る。
「凶を引いて、良かった」
 本気でそう思っているらしい徐庶の言葉に、の顔はますます熱くなる。
 しばらく、顔を上げられそうになかった。

  終

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