は常の如く、諸葛亮の知らないくだらない話を続けていた。
為になるような話など知らない。
けれど、そんなくだらない話でも諸葛亮の息抜きにはなる。
張り詰めた風船のような諸葛亮の生き様を、妻でも妾でもないが案じるのは酷く不適切かもしれない。
美しい妻、月英も、一軍を率いる身で多忙に過ぎた。
特に、劉備ら国の要となる将を次々とを亡くして以降、蜀軍のかつての彩りは褪せていく一方で、各将の負担は増すばかりだ。月英が、夫たる諸葛亮に慰めの時を与えることすらままならない。
蜀の現状は、厳しいと言わざるを得なかった。
自分が諸葛亮の慰めになるのであれば、何をされても構わないと思っている。
無論、が思うような下卑た真似を諸葛亮がすることはなかった。して欲しいと願っているのは、むしろ自分の方で、だからは諸葛亮の傍に無邪気に纏わり付くことなど出来よう筈もない。
「……ジャックオーランタンのお話です」
今日は、ハロウィンに当たる日だ。
だからか思い出したジャックオーランタンの話を、はとつとつと話し始めた。
仕事の区切りが付いた諸葛亮は、まるで眠っているかのようにの話を聞いている。
根を詰めた仕事から眠りに落ちる前、の話はちょうど良い切り替えになるのだと諸葛亮は言ってくれた。
そのことは、にとって大きな誇りとなっている。
「昔、昔。あるところにジャックと言う名の男が居ました。とても口が上手く、嘘を吐くのを厭わない男でした。ある日、死を迎えたジャックは死者の国に行き、死んだ者が向かう先、善人の魂が向かう国と悪人の魂が向かう国、どちらへ行くかを定める尊い方に出会います。けれど、ジャックは得意の嘘で尊い方を騙し、まんまと生き返ることに成功しました。生き返った後も嘘を吐き続けたジャックは、再び死を迎えて死後の国に向かいます。そこで再会した尊い方は、ジャックの為し様に酷くお怒りのご様子でした。尊い方は、ジャックに『お前は善人の国にも、悪人の国にも行くことは罷りならぬ。永遠に夜の闇をたった一人で彷徨わなければならぬのだ』と言い下しました。ジャックは一人、もう嘘を吐く相手に巡り会うことも許されず、永遠に孤独な夜を旅しなければならなくなりました。それは寂しい、恐ろしいことでした。彷徨うジャックのあまりの寂しい道行に同情した魔物は、ジャックの為に灯火を一つ与えました。ジャックは、その灯火一つを頼りに、やはり永遠に夜を彷徨うのです。夜、たった一つの寂しい灯火を見つけたのなら、それは貴方が、ジャックが永遠の罪に堕とされた姿を垣間見たということかもしれません……」
が話し終わっても、諸葛亮は目を閉じたままだった。
眠ってしまったのかと様子を窺うに、諸葛亮は不意にぱっちりと目を開けた。
驚くを前に、諸葛亮はが更に驚くようなことを言い出した。
「私の、ようですね」
自嘲じみた声は苦く重い。酷く疲れた声だった。
私のようとは、ジャックのことだろうか。
そんなことがある訳がない。
ジャックはただの嘘吐きで、諸葛亮は尊い人だ。
少なくとも、にとってはそうに違いなかった。
諸葛亮はぽつりと、それこそ幽かな灯火が点るように笑った。
「貴女に、重荷を載せるのは嫌でした」
ですが、と諸葛亮は小さく吐息を零す。
「……私を、導いていただけますか」
暗い夜道の灯火となって下さいませんか。
諸葛亮の言葉は、申し出と言うにはあまりに重い。懇願と共にに諸葛亮の心のすべてを預けるような、息苦しい重さがあった。
「はい」
だが、しかし。
「はい、諸葛亮様」
に迷いがあろう筈がなかった。
灯火でいい、燃え尽きるまで貴方と共に。
それこそが、私の願いです。
の言葉に、諸葛亮は苦笑した。
「ですから、ね、」
貴女には、ずっと告白できませんでした。
諸葛亮は声もなく笑いながら、の頬を両手でそっと包んだ。
口付けは冷たく、諸葛亮の唇は死者のそれを思わせた。
終