ぼろぼろになった体を癒して、宿屋で熟睡していたところまでは覚えている。
 凌統は、相も変わらず見慣れない部屋を見渡しながら、ぼんやりと考えていた。
 牀は、上等とまではいかなかったが、清潔で干草の匂いがした。寝心地も悪くはない。
 ならば良いかと言えば、まったくそんなことはない。何せ、凌統は身の自由を奪われているのだから。
 寝そべりながら、右手を引っ張ってみる。
 じゃら、と重い音をたてる鎖は、長さにして約三尺といったところか。あまり長さがない為、なかなか不自由な思いをさせられていた。
 もう何日になるだろう。
 世話をしてくれる老婆は口が聞けないか耳が遠いかで、凌統が話しかけてもまず返事をしない。
 老婆の他には誰も部屋には入って来ず、外の様子はまるきり分からなかった。
 イライラしていても仕方ない。不機嫌の絶頂にあったが、凌統は体力保持を兼ねて大人しくしていた。
 は、どうしただろうか。
 凌統が眠りに落ちる前、は確かに腕の中に居た。
 戦場で昂ぶったまま落ち着かないを抱いて、安心させるように何度も口付けた。泣きながらしがみついてきたの柔らかな体の感触を思い出して、凌統は軽く身震いした。
『カッコ悪いったらないね』
 勃っても、慰めようもない。老婆に精まみれになった敷布を洗わせるのもはばかられる。
『俺って、見栄っ張りなんだなぁ』
 今更のように自嘲して、凌統は身を起こした。
 扉が開いたのはその時だ。
 老婆かと思ったのだが、違っていた。だった。
「……お……」
 一瞬言葉を失った。
 は、気弱そうに微笑を浮かべかけ、失敗して顔をくしゃっと歪めた。
 顔色はいい。怪我もしていなさそうだ。少し元気がないだけで、後はいたって健やかに見えた。
「お元気そうで」
 では。
 ここに自分を閉じ込めたのは、に違いないだろう、と凌統はアタリをつけた。
 は、俯いて凌統の視線を避けながら、それでも凌統のいる牀に近付いてきた。
 靴を履いたまま牀に登ると、にじり寄るように凌統のそばに寄る。腰掛けた凌統の膝の間に入り、慣れた手つきで凌統の股間に手を這わせた。
「……嬉しいんだけどさ」
 奉仕を始めたに、久し振りの快楽に打ち震える息子を見下ろしながら凌統は尋ねる。
「何な訳」
 凌統の半勃ちのものを、は躊躇なく口に含む。ねっとりとした舌の感触に、凌統は一瞬息を飲んだ。
「だからさ……してくれんのは嬉しいけど、俺の質問に答えてくんないか」
 上目遣いに凌統の顔を見上げると、は戸惑ったように視線を彷徨わせ、やがて再び奉仕に熱を入れ始める。
 とは既に何度か情を交わしている。きっかけがなんであったかは覚えていない。ただ、女の細い体で、ただ圧政と戦乱に傷つく民を助けたいと武器を取ったを、慰めてやろうと思ったのは覚えていた。
 凌統とシている時は、戦のことを忘れられると言っては恥ずかしそうに笑った。
 戦に勝つたびにすることにしようか、と持ちかけると、戦が終わるのがイヤになるからだめ、と真面目腐って答えた。
 体の相性もさることながら、のそういうところが好きだった。
 は情が濃く、凌統が今まで抱いた女の中では一番いいモノを持っていた。中に挿れた途端絡み付いてくる肉壁に、何度精が漏れるのを堪えたかしれない。男の沽券に掛けて耐えたが、許されるならあの熱い膣の中で何度でも達してしまいたかった。
 の舌が尿道を突付き、すぼめた頬の肉が、きつく凌統を吸い上げる。
「……ぅ……」
 息が上がり、堪えた声が僅かに漏れた。
 もたない。
 ならばいっそ、と足を開き、の頭を抱える。ぐっと押し込まれたが驚いて顔を上げようとした瞬間を狙って、凌統は射精した。
 激しくむせてうずくまるの後頭部を見ながら、射精後の倦怠感に浸る。
 しばらく咳き込んで、ようやく顔を上げたの目は、涙で潤んでいた。顔も相当赤い。
 ごそごそと牀を降りようとするに、凌統は足を振り下ろして牀に叩き付けた。鈍い音に、の足も止まる。
「質問に答えてない。それから、まだ足りないから」
 凌統のものは半ば勃ち上がり、の奉仕を待ちかねるように震えている。
「ヤるなら、俺が満足するまでヤってって」
 眉を寄せるだったが、無言で凌統の元に戻ってくる。腰を屈めて、凌統のものを口に含もうとした瞬間、凌統の左手がを引き摺り上げ、強引に唇を奪った。
 凌統の足がの腿に絡みつき、右手が使えない不利を易々と埋める。首を振って凌統の激しい口付けから逃れるが、凌統の手はの背を滑って尻へとまわり、力加減なしで掴み上げた。
「んんっ……」
 指が伸び、尻の谷間へと潜り込む。
「いやっ」
 決して嫌ではないと思われる艶やかな声が上がった。
「相変わらず、お尻が弱いね」
 くっくっと喉で笑う凌統に、は赤面する。
 後孔を下着の上からまさぐられ、凌統の胸に縋ってしまう。
「そんなにここがいいならさ、試しに挿れてみようか」
 首を振ってイヤイヤをするに、凌統は笑いが止まらない。
 こんなに可愛いのに、武器なんて野暮なもの持って戦わされてるなんて、世の中ってのはホントにままならないね。
 胸元に顔を埋めているのこめかみに、凌統は軽く口付ける。
 の肩が震えている。
 ん、と凌統が覗き込むのと、の目から涙が溢れるのとはほぼ同時だった。
「……だって、嫌だったの……」
 先日の戦、凌統は敵に押し包まれて捕縛される寸前だった。相手は、その前の戦まで味方だった甘寧だ。
 ふざけんなよ、と頭に血が上り、つい突っ込んでいってしまったのだが、が来てくれなければ恐らく凌統も甘寧の二の舞になったことだろう。
 どうも、甘寧の事となると頭に血が上りやすい。心密かに反省していたのだが、で深く傷ついていたらしい。
 凌統も、甘寧と同じように捕縛されてしまうのではないか。
 いつか、自分の前に立ち塞がり、戦わなくてはいけなくなるのではないか。
 考え始めると、止まらなくなってしまったらしい。
 だったら、凌統は戦場に立たなくていい。
 でも、凌統がそんな理由で待機していろと言われて、待機してくれるだろうか。
 否だ。
 思い余ったは、強硬手段に出た。
「……俺が繋がれてる時に、俺が誰かに襲われたらどうなるかとか考えなかったわけ?」
 あまりにも軽率ではないか。
 凌統の言葉に、は項垂れた。
「でも、公績だったら、寝台の柵壊して外せるでしょ」
「……あー、そりゃまぁねぇ」
 牀の下に怒涛も置いておいたから、もし凌統が嫌だったら逃げ出すと思っていた、と言う。
「……あ、置いてあったんだ」
 見てなかったのか、とが驚き呆れる。
 見てなかった、と凌統はにやりと笑った。
「しよ」
 短くも直接的な言葉に、は顔を赤くし、次いでこっくりと頷いた。
 鎖で繋がれてるから、が上になれと言うと、は鎖を外す鍵を胸元から取り出した。鍵を外そうとする手を制して、早くと促すと、今度は腹を立てて赤くなった。
「たまには、刺激的でいいっしょ」
 笑いながら囁くと、の下着を外す。指で確かめると、既に潤んで柔らかくなっていた。
「いいね」
 先端を押し当て、少し沈ませる。がのけぞると、白い喉が露になった。歯を甘く立てると、の背が揺れる。
 左腕をの腰に巻き締め、沈めていく。
 反り返ったものは、僅かに抵抗を見せながらの中に埋め込まれていった。
 根元まで沈めると、凌統はごろりと横になる。そうすると、己のものを飲み込むの花弁がよく見えて、卑猥だった。
「いい眺めだね」
 笑うと、が潤んだ目で睨みつけてくる。迫力はなく、却ってそそった。
 腰に力を入れて突き上げると、の唇から可愛い声が漏れた。
 可愛い、と言うと、情けないような切ないような目でまた睨んでくる。笑えた。
「ね、ほら、早く動いて」
 揺さぶるだけの動きだったが、にはたまらないのか、ぶるっと震えて膝に力をこめてきた。中が縮まって、凌統のものを締め付ける。
 しばらく繰り返していると、諦めたのか凌統の薄い胸元に手を置き、少しずつ腰を引き上げた。凌統の腹に冷たい空気が触れると、濡れた肉が落ちてくる。またの尻が少し浮いて、愛液で濡れた凌統の腹に空気の冷たさが染み、また一瞬で消え去る。
 徐々に動きが大きくなると共に、の嬌声も大きく高いものになってきた。
 濡れた熱い感触はもとより、その痴態に煽られる。
 手を伸ばして襟を掻き乱し、胸乳を露にして揉みしだく。
「ああっ」
 崩れ落ちそうになるのを律して、は必死に腰を振る。と、体に力が入り、凌統のものを悦ばせた。
 は、執拗に触れてくる凌統の手に己の手を重ねた。止めさせたいのか、それとももっとして欲しくてそうしたのかの判別もつかない。体の中がどろどろになって、繋がったところから溢れてしまいそうだ。
「んんん、公績、もう……私、もう……!」
 果てが近い。
 凌統のものは、一度達したせいか未だ果てる様子がない。
「いいよ、イッちゃいな」
 次で一緒にイけばいいから。
 耳元で甘く囁かれて、ははしたない嬌声を上げて崩れ落ちた。

 結局、凌統が達するまでに二度、は絶頂を味合わされた。
 ぐったりと身を投げ出すは、体中汗に塗れて、身につけているものは靴だけと言う有様だった。
「たまには、こういうのも悪くないね」
 手首を軽く振って鎖をじゃらじゃらと鳴らすと、凌統は薄っすら笑い反対の手での髪を撫でた。
 返事をしないまま凌統を見上げるは、嫌悪していると言うより半ば呆れた風だ。
「……次の戦には、俺も一緒に行かせてもらうよ」
 突然の凌統の申し出に、も思わず体を起こした。
「ここでこうしている間、俺がどんな思いしてたと思ってるわけ」
 凌統が険しい目をしてを見詰める。
「あんたが、傷ついてるんじゃないかとか、捕まって酷い目に遭わされてるんじゃないかって、毎日気が気じゃなかったっつーの」
 それこそ、状況が把握できず、らしくなくぼんやりしてしまうくらいに。
 だから、と凌統はの額に額をあわせた。
「俺は一緒に行くよ……ちょっとでも、あんたと一緒に居たい。離れてるのは、真っ平御免だね」
 好きと同意の告白と、に伝わっているかは不明だったが、凌統は出来る限り気持ちを込めて言った。
「だいたい、やーっとお邪魔虫と別れられたっていうのに、一人寝なんかさせられちゃ、たまらないっつの」
 甘寧とが、やはり同衾していたのを凌統は知っている。戦場での慣わしだと目を瞑ってきたが、心穏やかには為り得なかった。
 呟いた声は小さく、が聞き返してきたが凌統はただ笑って誤魔化した。
「もう、前みたいな危ない真似はしない。それなら、いいでしょ?」
 悩み、渋っていただったが、しばらくして諦めたように頷いた。
「その代わり、ずっと一緒にいてね。国を建てて、天下統一しても、ずっと一緒にいてね?」
 抱きついて、凌統の胸に頬を摺り寄せながら、が強請る。
 それは、好きと同意と取っていいのかね。
 凌統は尋ねる代わりに、はいはい、とあやすように答えるのだった。


  終


〜後日談〜

 鈍った体をキツイ鍛錬で叩き直している最中、凌統はふと思いついた事がある。
「そういや、あの時は何で顔出したわけ」
 後で聞いたの話では、せめて建国戦が終わるまでは顔を出すつもりはなかったという。
 凌統の鍛錬に付き合っていたが、頬を染めて俯いた。
「あの……」
 言い辛そうなの説明を聞く内、凌統の顔が引き攣っていく。
 に頼まれ凌統の世話をしていた老婆が、文を寄越した。文には、たどたどしい字(それでも字が書けるだけの学が老婆にあったと言うのが驚きなのだが)で『どうも精が溜まっているようなので、来てもらって相手をしてやってくれるか、代わりの女を寄越して欲しい、さすがに自分ではそこまで面倒が見れそうもないし凌統も勃たないだろう』と記してあったのだという。
「……あの婆さん」
 どう言ったものか、凌統は埒もなく赤面する顔を抑えて呻いた。

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