「ハッピーバレンタインですよ、馬岱さん?」
 下手かつ卑屈な笑みを浮かべ、は月餅を差し出した。
 の好物でほくほくした餡の甘みが絶妙なこの月餅は、街でも一、二を争う人気の店の品で、身分を隠して出歩くことを好むではなかなか手に入れられない逸品だ。
 他所の世界からこの世界にやって来たということで、珍獣扱いとは言え劉備に可愛がられているは、現在馬岱と将来を見据えたお付き合いの真っ最中なのであった。
 とは言え、二人がとんとん拍子に深い仲になった訳では決してない。
 良く言えば恋多き、悪く言えば尻軽な傾向にあったは、まずは趙雲次いで姜維、あまつは馬超に思いを寄せてここに至る。
 何だかんだあって、結局最初の最初からを見初めていた馬岱と付き合うことになったのだが、露骨なまでに好意を表していた馬岱の気持ちを、は告白されるまで気が付きもしなかった。
 そんな次第で、二人のパワーバランスは圧倒的に馬岱に傾いている。
「で、他に何人配り歩いてからここにいらした訳ですか」
「やだなぁ、勿論馬岱さんが一番ですよ」
「正直に仰らないと、後が酷いですよ」
「……の、つもりだったんですけど、ここに来る途中に劉備様に出くわして」
「後は」
「……ご一緒されてた諸葛亮様にお一つ」
「それから」
「ばったり出くわした趙雲さんにも一つ」
 延々と続く遣り取りは、傍から見ていれば漫才のそれに近い。
 お調子者のと馬超でさえいなす馬岱は、ある意味お似合いなのだった。
「ばれんたいんとやらは、最愛の人に贈り物を贈る日ではなかったんですか」
 一体何人最愛の人が居るのかと詰る馬岱に、は額に脂汗を浮かべながら笑って誤魔化す。
「いや、私の世界では義理チョコというものがございまして」
「では、義理月餅ということですか」
「そうそう、馬岱さんは上手いことを仰る」
 座布団一枚、と持ち上げるが、馬岱が大喜利を知っている由もないから不発に終わる。
 不自然な間が空いて、堪え切れなくなったが音を上げた。
「……こちらがお代官様への月餅でございます」
「誰がお代官様ですか」
 言いつつ、ちゃっかり月餅を受け取った馬岱に、は愛想笑いを浮かべた。
「で」
「で?」
 しからば御免と退散する機を窺っていたは、馬岱の問い掛けにぎくりと肩を強張らせた。
「他の方々に配り歩いたのが義理とするならば、こちらは本命と見てよろしいのですよね」
「へい、それは勿論」
「で?」
 で、と問い掛けられても、にはちんぷんかんぷんだ。
 何を訊いているのかも分からず、思わず素に戻る。
 馬岱はじと目でを睨め付けた。
「……で、こちらの月餅が義理でなく本命だというのは、何処の如何いう角度から拝見すれば一目瞭然になるのでしょう」
 なる訳がない。
 無造作に籠から取り出した月餅は、他の皆に配り歩いたのとまったく一緒のものだ。
 手に入れるのが大変だからとそちらにばかり気を取られ、うっかり本命仕様の月餅の準備を怠った。
「……篭もった愛の量が」
「篭もってるんですか、愛が」
 どうかしらん。
 一緒になって月餅を覗き込む天然振りに、馬岱はこっそり溜息を吐いた。
 入っていると言い張っておけばいいものを、自ら首を傾げてどうしようと言うのだ。
 そういうところがほって置けなくてとは、馬岱は口が裂けても言わないことにしていた。
 どうせ調子に乗るだけだ。
「分かりました、こちらはあくまで添え物と言うことで」
「あぁ、添え物、成程」
 感心して如何する。
「本命は、こちらということで」
 ぱっと抱き上げられて、は驚愕して固まった。
 口は達者だが初心なは、こうした行動には酷く弱い。
「にょっ、女体盛り!?」
「女体盛り、ああ成程、結構ですね」
 自ら災いを引き寄せるに、馬岱は気付かれぬように笑いを堪えるのに一苦労させられる。
「え、じょ、冗談だよね、未だ昼だし、ちゅ、ちゅうぐらい、だよね?」
 未だしてもいない接吻一つで真っ赤になるを、馬岱は可愛らしいと思ってしまう。
 最早病気だ。
「冗談ではありません、ちゃんと最後まで致しますよ」
「い、いたっ!?」
「痛くはしません、ちゃんと可愛がって差し上げますからご安心下さい」
 安心できるか、と騒ぐだったが、胸に手を回すと既に固くしこっていた。
 馬岱を欲している何よりの証拠に、馬岱はご満悦でにっこり微笑む。
「嫌なんですか?」
 ぐうの音も出ないを余所に、馬岱は軽い足取りで奥の間に向かう。
 味見だけで済ませるつもりだが、の態度によってはどう転ぶか分からない。
 何に付け、が体よくいたぶられ苛められて可愛がられている関係だったが、惚れ込んでいるのは馬岱の方で、しかしがそれに気が付く日はまだまだ先のことだった。

  終

ヒロイン/短編INDEXへ→