は夜の公園に一人、ぽつねんと座っていた。
 常時解放されているこの公園は、都会の真ん中に位置しているとも思えぬ広さと豊かな緑を誇っていた。週末ともなると家族連れや恋人達が闊歩するのだろうが、平日の夜中、肌寒さも手伝ってか辺りに人気はない。
 とて、好きでこんなところに居る訳ではない。
 会社で仕事を終え、くたくたになって一度は自宅に戻った。
 今現在、の家には居候が二人居る。
 旦那と喧嘩したとかでのところに押し掛けて来た姉と、道端で拾った武将の二人だ。
 武将と言うと中々アレだと思うが、事実そうだから他に言いようもない。
 遥か昔、中国で覇を争った英雄の一人、孫伯符その人だと言う。
 鍛え上げられた体、常人では考えられない身体能力を見せ付けられ、は孫策の言うまま信じるより他なかった。
 格好もアレだったし、腕を披露すると言って公園にあった工事用のブロックを事もなげに砕いてしまった。
 自慢げににっかりと笑う孫策の扱いに困り果て、はとりあえず家に連れ帰ることにしたのだが、そこでもは驚かされることになる。
 の自宅はマンションなのだが、一人暮らしの気安さで室内は微妙に散らかっている。
 ちょっと待っていろと言いつけ部屋の片付けを済まし、ちゃんと待っているかと窓を開けたら孫策が飛び込んできた。
 ちなみに、の部屋は三階である。
 助走付けたからで済む問題でもなく、は遂に諦めて孫策を受け入れた。
 は諦められるからいいようなものの、警察屋さんや司法関係者は諦めてくれないだろうことは容易に予想が付いたし、無邪気な孫策を下手な揉め事に巻き込まれさせたくなかったのだ。
 帰ることが出来るまで、と孫策を匿うことにしたは、だが、お陰で姉の同居まで許すことになってしまった。
 姉は、孫策を家に住まわせていることをネタにを脅迫したのである。
 お陰で義兄が電話してきても姉は居ないと嘘を吐かねばならず、ただでさえ狭いマンションの1DKは更に狭くなってしまった。
 ロフトがあって良かったじゃない等とのたまう姉を、何度ぶっ飛ばしてやろうと思ったか知れない。 あって良かったと言うロフトは、ロフトと言っても名ばかりの一畳もない物置台だ。
 そこがの寝床に当てられ、ベッドは姉が、ソファを孫策が使うという理不尽な配置になった。
 寝床にも事欠くような生活を、もう二週間程過ごしている。
 ストレスは溜まる一方、体の疲れも抜けなくなってきて、少し考えなくてはいけないと思っていたを出迎えたのは姉と孫策のあられもない姿だった。
 半裸と言うのもおこがましいような、ただ服を全部脱ぎきれなかったというだけの二人が、同時にを振り返る。
 後はもう覚えていない。
 そのまま家を飛び出して、気が付いたらこの公園に居た。
 靴を履いているのは奇跡的だと思ったが、上着も鞄も置いてきてしまっていた。
 深夜営業ファミレスにも行けず、肌を冷やす春の夜風に震えているくらいしか出来ない。
 家に帰るという選択は、端からなかった。
 今帰るぐらいなら、このままここで風邪を引いてしまった方が幾らかマシだ。
 しかし、明日も仕事がある。
 お気楽に家出している専業主婦たる姉とは違うのだ。
 一度帰って、鞄だけ持って。
 考えはするものの、一向に足が動かない。
 せめて、もう少し頭を冷やしてから。
 そんなことを考えて俯いていたの前に、誰かの影が落ちた。
 はっとして顔を上げれば、そこに居たのは孫策だった。
「探しに来た」
 何事もなかったように笑う孫策が、無性に憎たらしい。
 人の稼ぎで飯食ってるだけの奴が、人の居ない間に何をしていやがったか。
 姉と睦み合っていた孫策の姿が鮮明に思い出され、は温めていたベンチを立つ。
?」
 家とは正反対の方向に向かうの後を、孫策が小走りに追い掛けてくる。
「おい、。家、そっちじゃねぇんじゃねぇか」
 返事をするつもりはない。
 足早に、大股に歩くの後ろから、孫策がやはり足早に、大股に付いてくる。
「おい、って」
 肩を掴まれるのを振り解く。
 触られたところが妙に熱く、まるで毒に汚されたようにひり付いた。
 そのまま歩き出すを、孫策の手が伸びて引き止める。
 振り払う。
 また引き止める。
 また振り払う。
 幾度か繰り返し、孫策が焦れたようにの腕を両手で押さえ込んだ。
「何、怒ってんだよ!」
 返事をしたくない。
 唇を噛み締め、視線を逸らすの顔を、孫策は嫌がらせのようにまじまじと覗きこむ。
「……、俺のこと、好きなのか?」
「だっ……」
 誰がだ、と怒りが込み上げた。
 人が必死こいて働いていると言うのに、図々しく居候決め込んだ挙句にあれ買って来いのこれが食いたいの騒ぐ姉とエロいことしていたのは誰だ。
 するなとは言わない、不倫だろうが浮気だろうが勝手にしていればいい。
 当事者同士の問題で、が口出しする筋合いでもない。
 だが、あの家はの家だ。
 親切心で匿ってやっているに対し、もう少し遠慮しようとは思えないものか。
 姉と一緒になって騒ぐ孫策に、好意など持てと言う方が無体だろう。
「……出てって」
 怒りはタールのように体の内部にこびり付き、尚灼熱と化していたが言葉にはならなかった。
 孫策が出て行ってくれたらいい。
 そうしたら、姉の無茶な要望に応える必要もなくなる。
 家主に遠慮もしない居候など居候じゃない。
 の持つ常識とはあまりに掛け離れた位置に立つ孫策に、鳥肌立つ思いだ。
「ンなこと、聞いてねぇだろ」
 孫策の手は、をしっかり戒めたままだった。
「俺のこと、好きなのかって訊いてんだろ」
「嫌いだよ」
 あっさりと漏れた言葉に、孫策は眉を寄せた。
 いいから離せ、とは身を捩る。
 姉を抱いた手で、自分に触れるなと言ってやりたかった。
 けれど、孫策はを解放しようとはしなかった。
「嘘だ」
 決め付け、を引き摺って木陰に入り込む。
 立ち入り禁止の札が読めないのかと怒鳴ってやりたかったが、それよりも先に孫策に口を塞がれてしまった。
 何をするかと暴れるが、孫策の馬鹿力の前にの力は物の数ではない。
 腕を押さえていた手がの首の後ろに回り、より深く貪ろうと押し付けられてしまう。
 舌と舌が絡み、逃げようとするのを吸われ、力が抜けるのをいいことにその場に倒される。
「……ちょ……やだ……!」
 孫策の手がの胸を服の上から揉みしだき、白いブラウスに深い皺を刻む。
 ブラが浮き上がり、ずれるのも構わず、孫策は念入りにの胸を弄り続けた。
「やだって、言って……も、やだっ……!」
 半泣きになりつつも孫策の手を引き剥がそうとするに、孫策は息を荒げながら再び口付けを落とした。
 跨った孫策のジーンズの股間は、きつさも手伝ってか大きく盛り上がっている。
 それをの腹に押し付けるようにして細かに揺さ振られ、は固く目を閉じた。
 体が孫策の雄に反応しているのが分かる。
 嫌悪が渦巻いていた。

 熱く囁かれ、は顔を逸らす。
 孫策はを追うように顔を近付けてくる。
、俺のこと、好きか?」
「嫌いだってば」
 吐き捨てると、孫策は子供のように唸り声を上げた。
「……何でだよ!」
 何でもクソもない。
「女なら誰でもいいような奴、誰が」
 姉と、寝たくせに。
 よりにもよってが一番嫌悪する女と、の領域で、の目の前で寝ていたくせに。
「あれは……だってよ、お前が帰ってこないって言うから……」
「私が帰ってこないと、何だってのよ」
 ふざけんな、と、じたばたもがく。
 敵わないと分かっていながら、それでもこのままいいようにされるのは悔しかった。
 突然体が軽くなる。
 恐る恐る目を開けたの前で、孫策は不貞腐れたように背を丸め胡坐を掻いていた。
「俺だって、別に誰だっていいって訳じゃねぇよ」
 何を言い居るか。
 が眉尻を吊り上げると、孫策は顔を赤くして喚き散らす。
「俺だって、お前が相手してくれんなら別に、お前の姉貴になんか手ぇ出さねぇよ!」
 白けた空気がぱっと広がる。
 は?
 何を言って居るのか。
 孫策は頭をぼりぼりと掻き毟り、自棄になったように言葉を募る。
「だから、俺だって男だろ? ただでさえお前、足びらびら出してそこら辺中歩き回るし、俺の傍でいい匂いさせて隙だらけだし、溜まんだろフツー、そういうのってよ……だけど、お前の姉貴も居るし、お前もそんなつもりじゃねぇみてぇだし、でもお前寝相悪くて腹とかケツとか出して寝てっしよ」
 がぁ、と喚く孫策に、は呆気に取られていた。
 寝相の件はともかく(尻を出していたというのはあくまで反論したいところだが)、孫策がそういう目でを見ていたとは知らなかった。
「……だって、私が帰って来た時……」
 そんなにが好きだと言うなら、何故よりにもよって姉と寝ていたのか。
「だから、よ、もう溜まって溜まって、勃ったもんが収まんなくなってんの、お前の姉貴に気が付かれちまったんだよ……んで、どうせお前はしばらく帰って来ねぇから、今の内に相手してやるって言われて……」
 言い訳になるか。
 怒りを通り越して盛大に呆れるに、孫策は肩を縮こまらせて卑屈に唸っている。
「お前が飛び出してっちまうから、俺、スッゲェ慌てて追っ掛けたんだぞ……結局、溜めたまんまだしよ……」
「……挿れてないの?」
 思わず問い返してしまったが、結構とんでもない質問ではある。
 赤面するを余所に、孫策はねぇよ、と力強く頷くとににじりにじりと寄って来る。
「……なぁ、……」
 孫策はの手を取り、自らの股間に導く。
 の指先が触れた途端、孫策のものがびくっと大きく引き攣り、孫策は小さく呻く。
「なぁ……」
 恥も外聞もなく強請る孫策は、熱く潤んだ目で切なそうにを見詰めている。
 憎まれ口の一つも思い付けなかった。
「……ここじゃ、駄目」
 孫策の目が丸く見開かれる。
 殺生だ、と喚き散らすのを冷たく見遣り、は溜息を吐いた。
「手、でなら、してあげる」
「お前ン中がいい」
 即答する孫策に、は今更恥ずかしさが込み上げて来た。
 応えてやりたいと、体が喚き散らしているのを感じる。
 とは言っても、誰が通り掛かるかも分からぬ公園の中での話である。さすがに本番とは行かない気がした。
「……明日、ちゃんと……してあげるから」
 財布を取り戻して、ラブホにでもしけこんで、それからなら。
「じゃ、明日な。絶対、明日だぞ」
「うるさいなぁ」
 念押ししながらファスナーを下ろす孫策に、させるのはさせるつもりかと呆れ返る。
 とは言っても、先程までは舌噛んで死んでやるなどと考えていた自分も大概だと呆れていたから、孫策ばかりを責められない。
、俺のこと、好きか?」
「……うるっさいなぁ、伯符はどうなのよ」
「俺? 好き」
 あっけらかんと答える孫策に、は頬を染めた。
、お前は? 俺のこと、好きか?」
 執拗な孫策に対し、は誤魔化すように孫策のものを口に含んだ。

 家に帰ると、姉の姿はなかった。
 鞄からはみ出した携帯に着信があり、見るとその姉からメールが入っている。
 旦那が迎えに来たから、帰る。
 たったそれだけの、礼も謝罪もない報告メールだった。
 腹を立てても当事者が居ないでは話にならない。
 携帯に八つ当たりして鞄の中に投げ込むと、ばふ、と間抜けた音がした。
 背後に立った孫策が、を抱き込んで腰を擦り付ける。
「……なぁ、二人きりで、家ン中ならいいんだろ?」
 先程始末してやったばかりの肉は、もうどうしようもない程硬く凝っていた。
「……オフロ入って、それで」
「ヤダ」
 孫策の手がの胸と秘裂に同時に伸びる。
「あっ、あの人と同じベッドですんの、やだって、ば……!」
 せめてシーツを変えさせろと思う。
 だが、孫策はの望みを聞き届けようとはしなかった。
「じゃ、ここでする」
「ばっ……」
 カーペットに引き倒され、ショーツを引き摺り下ろされてしまう。
 孫策が嫌味たらしく口の端を引き上げて笑みを作った。
「こっちは、俺のことが好きで好きで溜まんねぇみてぇだな」
 ショーツを濡らす程溢れる愛液を、孫策は舌を伸ばして掬い上げた。
 そのまま口淫を始めた孫策に、は体を跳ね上げながら問い掛けた。
「……伯符、私のこと、好き?」
「お前はどうなんだよ」
 笑いながら問い返してくる孫策に、は小さく、好き、と告白した。 

 終

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