時期柄、店頭に並ぶパンプキンパイを買ったのは単なる気まぐれだった。
 あるいは、いつもは一つしか買わないケーキを二つ買える機に恵まれたからかもしれない。
 
「甘過ぎますな」
 淡々とした口調で告げられ、はせいぜい『はぁ』と溜息のような返ししかできない。
「乾燥しているせいか、口の中の水気が奪われるような。甘さも相まって、酷く喉が乾きます」
「……あの。お口に合わないんでしたら、残していただいても」
 食べ物を残すのは本意ではないと、これまた微妙な返答である。
 現在のアパートに居候中の張遼は、一事が万事こんな調子だ。
 好意で買ってきたパンプキンパイが、あっと言う間に味気を無くす。
 悪い人間ではないと見て取ったのは正しかったが、こんな性格では家主のが息苦しい。
 人恋しさに招き入れたのは、ちょっと失敗だったかなと、は自分の軽率を恥じた。
 カチャン、と小さな音がして、はそちらに目を向けた。
 張遼がフォークを置き、何やら姿勢を正して思い詰めている。
「どうか、しました?」
 恐る恐る問いかけるに、張遼は強張った顔を見せる。
「……私はこのような性質故……」
 の不興を招いたと勘違いしたらしい。
 正直、多少窮屈に感じたのは事実だが、不興という程腹を立てた訳でもない。
 面食らって慌てるが、どうフォローしていいのか分からなかった。
 苦肉の策で、とっさに『Trik or Treat』の合い言葉を口走る。
 張遼の目が揺れた。
 勢いに乗り、はフォークにパイを刺したまま、指し棒よろしくずずいと張遼に向ける。
「今日は、ハロウィンなんですよ! 『Trick or Treat』って合い言葉言って、お菓子を貰うお祭りなんです!」
 詳しいことは端折りまくりだが、張遼の気が逸らせられればそれでいい。
 幸い、張遼はの思惑にまんまとはまって、小首を傾げて考え込んでいる。
「あ」
 不意に。
 張遼はのフォークに刺されたパイを、そのままぱくりと食べてしまった。
 確かに、お菓子を貰う祭りだとは言った。
 言ったけれど。
 顔が火照り出すのを感じ、は急いで下を向く。
 張遼に見られてはいけないと、何となく思った。
「……とり……とり、何でしたかな」
 訳の分からない問い掛けに、はひょっと顔を上げる。
 目の前に、いつ用意したのかパイが一口分、フォークに刺して突き出されていた。
 張遼は、平然としての応えを待っている。
――そういうことじゃ、ないんだけどなぁ。
 は口ごもり、パンプキンパイを見詰める。
 盗み見た張遼の眉が、少し不安そうに下がっていた。
 無神経という訳ではないのだ。
 むしろ神経が細やかで、それ故に表情を冷たく保つよう努めてきた結果なのかもしれない。
 笑ったら、どんな顔になるんだろう。
 意図のない空想に、はどきりと胸を高鳴らせた。
「……あの」
 顔が熱い。
「Trick or Treat、ですよ」
 ぱく、とかぶりついたパイは、確かに甘過ぎるようだ。
 晴れやかに笑う張遼を前に、は口に広がる甘さに胸を焼いた。

 終

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