はハロウィンが好きではない。
 正確には、ハロウィンに興じる連中が好きではない。
 第一に、やかましい。
 興味のない人間がいることを認めたがらぬかのようだ。
 の事情を何も知らない人からは、ハロウィン嫌いのを非難する声も聞く。
 申し訳ないとは思う。
 思うが、どうしようもない。
 ハロウィンに浮かれて酔っぱらった連中に、駅のホームから叩き落とされてから言ってくれと言い返すと、大概の人は黙る。
 極少数ながら、それでも言い返してくる人もいる。
 けれど、パニックを起こして必死にホームに這い登ろうとするの目の前に、件の『ジャック・オー・ランタン』を突き出されて再度線路に叩き落とされたんだよとまで言えば、さすがに黙ってくれる。
 三面とはいえ新聞にさえ載った、ちょっとした騒動になったのだ。
 パニック症状こそ出ないで済んだが、にとってハロウィンはトラウマそのものだった。
 それだと言うのに、ハロウィンの規模は年々大きくなるように思う。
 好きな人には良くても、には憂鬱なシーズンだ。
 この時ばかりは、大好きなカフェラテも我慢して家に直行する。
 ここ数年、その系のコーヒーショップでハロウィンを取り扱っていない店を見たことがない。
 本当に憂鬱だ。
 そんな訳で、は今日も家路を急いでいた。
 今日さえ乗り切ってしまえば、また平穏な日々が戻ってくる。
 大好きなコーヒーショップに寄り道して、Lサイズのカフェラテを飲みながら読書に勤しむこともできるだろう。
 今年もよく頑張った、と、はしみじみ考える。
 ただし、今日こそが本番なのであって、用心するに越したことはない。
 のそんな心構えが、しかし新たな災いを呼んでしまったようだ。
 どん、と勢いよくぶつかって、ひっくり返る。
 ごめんなさい、と口走り掛けたの耳に、けたたましくも理解できない言語が響いた。
 そこには、夢でうなされた光景が広がっている。
 高い位置からを見下ろす、酒の臭いを濃く纏った男達の群だ。
 一斉にを見下ろす目は、にやにやするばかりで何を考えているのかの察しも付かない。鳥肌が立つ。
 一人がの腕を掴み、起こしに掛かる。
 悲鳴を上げて振り払えば、男達から感じる嫌な気配がより一層濃密になった。
 仮に、の友人でも居合わせてくれていれば、この負の連鎖を断ち切ってくれたことだろう。
 変に怯え、にも関わらず逃げもせずおろおろとうろたえているの様は、酔った男達にしてみれば格好の玩具だったと思われる。
 二人掛かりで両脇を取り押さえられ、囃されながら連れ出されてしまった。
 傍から見れば、押し黙るを含め、胡散臭い酔っぱらいの集団だったかもしれない。
 口々に好き放題喚き騒いでいる連中に対し、欠片も理解できないの恐怖は高まるばかりだ。
 何をしようと言うのか理解できぬまま、どんどん人気のない方に進んでいく。
 声にならない悲鳴が、体の中で強烈に木霊した。
 誰か、とは請うた。
 誰か、助けてくれ。
 誰か、強い、こんな奴らが束になっても決して敵わない、絶対の力を持つ者。
――お願いだから!
 涙が滴となって転がり落ちた瞬間、辺りは光に満ちた。
 次の瞬間、突風が沸き上がりの髪を逆立てる。
 疑問に思う間もなく、光の中心に佇む人の異形さに、目を見開いた。
「……何だ、貴様らは」
 何だと訊かれても、こちらこそ何なんだと問うてみたい。
 そこに立っているのは紛れもなく、人中の呂布と謳われた最強の男だった。
 が知っていたとして、他の男達が知る由もない。
 まして、呂布が話しているのがゲームのままの日本語とあっては、に対してさえ自国語を使わぬ男達に通じているとも思えない。
 呂布の出で立ちに歓喜の声を上げ、なれなれしく近寄っていく。
 次の瞬間、男達の体が吹き飛んだ。
 ごう、と音を立てての左右を『飛んでいった』男の姿を追う気にもなれない。
 残りの男達が憤り、殴り掛かろうとするも、手前の二人がまたも吹っ飛び、後の者は竦んだように動けなくなっていた。
 呂布は、方天画戟を軽く旋回させるとその柄尻を勢い良くアスファルトに叩きつける。
 それだけで砕け散り、穴の開いた道路を見て、男達は甲高い悲鳴を上げて逃げ出した。
 当然だろう。
 後には一人が取り残された。
「……俺を呼んだのは、貴様か」
 呂布の問いかけに、は答えられなかった。
 ただ、間違いなく言えることは、たった一つだった。
「強い、一番強い誰かが助けてくれないかって……そういうことは、考えてました」
 その思いが呂布を呼んだというのであれば、確かに呂布を呼んだのはということになろう。
 睨め付けていた呂布の目が、少しばかり緩まった。
 一番強い、つまり最強の認定に気を良くしたのかもしれない。
 はしかし、内心あることに気付いて焦っていた。
 呂布の帰し方が分からない。
 漫画や小説であれば、用が済むなりぱぁっと消えてくれるものだが、呂布にその気配はなかった。
 どうしよう。
 呂布に気付かれれば、を責めるに決まっている。
 口ごもるの様に何か感付いたが、呂布の目がをいぶかしんでいた。
「あ、の」
 は辺りを見回した。
 方向は異なるものの、の自宅は遠くない位置だ。
「あの、お礼がしたいので、是非ウチに……是非、是非!」
 半ば強引に手を引くと、意外にも呂布はおとなしく着いてきた。
 周囲の状況を見て、異質を感じ取ったのかもしれない。
 それはともかく、とは冷や汗を掻く。
 呂布の格好は尋常でない。
 ないが、今日に限ってはセーフだ。
――今日がハロウィンで、ホントーに良かった……!
 はここ数年で、初めてハロウィンに感謝したのだった。

 終

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