「何故だ!!」
馬超の声はでかい。
そして、やや掠れている。
興奮するとその傾向が強まるらしく、はうんざりとしながらもう一度同じ言葉を繰り返した。
「だから、バレンタインの贈り物って、リクエスト、じゃない、催促されるものじゃないんだってば」
「それは聞いた!」
聞いたのならば『何故だ!!』とか言わなければいい。
「じゃ、分かったね?」
「分からん、何故だ」
げっそりした。
沈黙してしまったに、馬超は意図が伝わっていないと見たのか、盛大に吼え始めた。
曰く。
「ばれんたいんとやらは、恋人同士の催事なのだろう? ならば、が俺に贈り物を寄越すのは当然のことではないか」
しかし、には馬超の主張の前半と後半が何故イコールで結ばれるのかが分からない。
「だから何で、私が孟起にプレゼント、てか、贈り物を上げなくちゃなんないのよ」
「当然だろう」
「当然じゃないよ」
「何故だ!!」
また振り出しに戻る。
もう小一時間は同じ会話を繰り返しているのではないだろうか。
幾ら馬超の執務室とは言え、そして一緒に居た筈の馬岱が気を利かせてくれたのか、いつの間にか姿を消しているとは言え、この阿呆な会話を誰かが聞き耳立てていないとも限らない。
いい加減、そろそろ締めたいなと思った。
締める為には、不承不承ながら馬超に譲歩してやるより他あるまい。
迂闊にバレンタインの話など聞かせてやったにも非があると言えばある。かもしれない。
釈然としない気持ちを抑えつつ、は小さく溜息を吐いた。
「分かった、分かった。じゃあ、後でまた来るから」
その時何か見繕って持って来ればいい。
チョコレートなど、この蜀で求める方が間違いだから、何か代用品を探さなくてはならない。
踵を返したを、背後から抱きとめる者が居る。
当然、馬超だった。
何をするかと顔を上げると、馬超はそのの顎を捉え、有無を言わさず口付けを落とした。
唇に、柔らかくて弾力のある、温かいものが押し付けられる。
不覚にも心地良いと感じ、体が固まってしまった。
馬超が離れ、不意打ちで奪われたファーストキスに、苦いようなくすぐったいような、不思議な感慨を覚えた。
ま、いっか。
この地に飛ばされてからこの方、一番世話になっているのは馬超だった。
バレンタインは友人や恩人にプレゼントを上げる風習でもあると聞いたことがある。
ならば、キスの一つや二つ(二つはちょっと嫌だったが)どかんと大放出して文句は言うまい。
頬が温かくなるのを手のひらで冷やしながら、は馬超にじゃあ、と軽く手を振った。
馬超もを真似て、手を振り返してくる。
「じゃあ、また後でな」
「おい」
当然続きがあるものと思い込んでいる馬超と、これが最大限のサービスだと思い込んでいたとで、またも盛大な言い争いが始まった。
廊下の外で、衛兵よろしく立ちんぼになっていた馬岱は、後何刻ぐらいで戻れるだろうかと密かに嘆息していた。
終