不老の源は吸精に有り。漏らさず吸うべし。老いし男は若き女の、老いし女は若き男の精を吸い、以って若返るべし。かの悪女夏姫は三度若返りて男を魅了す。真に若さこそ人生の快なり。



 左慈は一人、巨岩の上に佇んでいた。
 曹孟徳の、人にあるまじき非道の振る舞いも、仙人・左慈にとっては如何ということもない。それが時代の欲するところならば、万人の死が倍になろうと乗になろうと、いささかも心乱すものではなかった。
 だが、左慈の見立てでは、劉玄徳こそが時代の求める王であった。今少し見定めねばならぬと思いつつも、左慈は劉玄徳に加担する己を止められずにいた。
 目の端に、ふわりと揺れる薄絹が映る。
 先程までは確かに誰もいなかったはずの巨岩の上に、左慈の他にもう一人、影を落とす者があった。
 女だ。
 年の頃は20前後、艶やかな紅い唇から移ったと思わせるように、白い肌にほんのりと色が付き、その柔らかさを良く示している。胸乳はふんわり形良く盛り上がり、腰まで届く布の合わせ目から
は、やはり白い足がすらりと伸びていた。出るべきところは出、締まるべきところは締まっている。何より、潤んだ眼差しが男を誘って止まない、そんな女だった。
 紅い唇が歪んだ。
「何故、貴方は現世に未練をお残しです」
 左慈への問い掛けだろう。黙ったままで閉じていたならば、美しい花弁を見ているのだと思えたのにと、左慈は少々落胆した。
「未練、とは……そなたの思い違いであろう」
 見知らぬ他人同士の遣り取りのはず、だが、女も左慈も旧来からの親しい間柄のように気安く話している。
 互いの正体は察しがついていた。
「思い違い、そうでしょうか。我ら仙人は、現世のことには口出しせぬのが暗黙の了解のはず。貴方は曹孟徳やその配下にまで姿を現し、挙句に言葉まで交わしておられる。危険だと、お思いになりませんか」
 左慈は、まだ世間を知らない年若い孫を見るように、穏やかに微笑んだ。
「危険、危険とは何かね。仙人が現世のことに口出しせぬのは、己の為す技に夢中になっているから、ただそれだけのこととは思えないかね? 小生が現のことに口出しをするのが気に入らぬというなら、左様、仙人ではなくただの道士がいるのだと解することは出来ぬかね」
 女は、口を歪めて笑った。
「道士即ち仙人と言えましょう。貴方の仰りようは、ただの方便に過ぎません」
 女の言い分に、左慈は、ふむ、と唸るだけで、興味なさそうに視線を逸らした。女の目は、左慈の姿を凝視している。まるで左慈の姿を己の目に焼き付けんとするようだった。
「……そなたの欲するところは分かっておるよ。女というものは、喩い仙人に昇華してもかくも愚かに執着いたすものなのか。ふむ、真に興味深い」
 女の目が、切なげに細められた。傷ついたように項垂れると、胸乳がふるりと揺れる。
「何もかもお分かりのようでいて、何も分かっておられないのですね。仙人と言えども所詮我らは男と女。心の内は、千年経とうと分け合えるものではありません」
 左慈の目が細く光る。女の体を嘗め回すように見つめると、目力に犯されるのか、女の唇から熱く掠れた吐息が漏れた。
「そうは申すが、その体。まして我らは仙人。若さが目的でないというなら何を目的としてこの左慈に近付いたのかね」
 女は、恥ずかしそうに体を抱きかかえた。女の腕では体を隠すことはできない。柔らかな肉が腕に押されてしなって歪み、却って扇情的だった。
「若さが目的ならば若い男を捜します。まして我らは仙人。互いに秘術を修めた身です。私は、貴方の秘術をこの身に受けたい。どうかお聞き届け下さいませんか」
 女というものは、例え幾つになろうと何になろうと、肉の欲からは逃れられぬものなのか。
 だが左慈は、大胆にも己を誘っておきながら、項まで赤くして俯くこの仙女を好ましく思った。
「合戦ということならば、この左慈も全力を尽くそう」
 すす、と足音もなく進むと、女の纏う絹の衣を指の先に引っ掛けて落とした。衣は、待ってましたと言わんばかりにするりと滑り、女の足元に蟠った。
「……私、天に上がる前はと申しました。そのようにお呼び下さいますか」
 左慈の指先が胸乳の先に触れると、女の唇から微かに声が漏れ、左慈の指先を捕らえるが早いか、固くしこった乳首に押し付けた。
殿か、そのように焦らずとも、我が術は三日三晩かけても出し尽くすものではない。そなたも仙女なら、共に気を練り不老の法を完成させようぞ」
 はくすりと笑った。心地よさから溜息を漏らしただけかもしれない。いずれにせよ、の目は良く晴れた夜の満月の如く潤み、下の弓糸もさぞやしとどに濡れているだろうと思わせた。
「酷い方。お名前を伺ってからずっと焦がれておりましたのに、そのような仰りようをなさるなんて。是が非でも合戦をと仰るのであれば、私も手加減はいたしませんよ」
 言うなり、左慈の足元に屈み、厚い道士服の下から素早く肉樹を取り出した。
 未だに力なく項垂れてはいたが、その太さや堂々たる幹の凹凸に、はうっとりと見入っていた。
「手加減せぬのではなかったのかね」
 左慈が揶揄すると、は頬を染めて恥らった。そっと指を這わせ、髭根の如くの陰毛を整えると、ゆっくりと口に頬張った。
 温く熱い口中に包まれ、左慈の肉樹が徐々に育っていく。大きくなっての喉を冒すもので、は困って一度口を離し、根元に指を絡めた。そうすると、更に大きくなった左慈の肉樹が笠を張り、におねだりするように首を振った。
「お年に似合わず、ご立派ですこと」
 軽口を言い、それにそぐわぬ熱心さで舌を這わせる。左慈はの手管に感心しつつも、仙人として肉を交えることの虚しさを感じていた。
 まだ道を志す前、本当に血肉のもたらす快楽を知り得たのはあの時だけだったろうに、何故小生は吐き気を覚えるほどの嫌悪を持って行為を避けていたのだろう。
 曹孟徳を憎むのは、そのせいか。
 あの男の奔放な性、無上の快楽を極めんとするあの魂の直向を、ただただ羨み妬んでのことやもしれぬ。
 こうして己の肉を食まれているというのに、心は穏やかに自分を顧みている。無上の快楽とはほど遠い。肉の交わりは最早延命の為の手段に過ぎず、快楽を啜る心は道によって塞がれてしまった。
 無上を志す故に、小生は無情となり、無常と化した。何と虚しい、浅ましいことよ。
「ですが、それで良いのですよ」
 が突然口を開いた。
「道は果てなきが故に道、極めんと欲すれども尚続くもの。絶望するも安堵を得るも、それは貴方次第」
 左慈は静かにを見下ろした。
「そなた、何者かね」
 くすり。
 の紅い唇が、笑みを浮かべて吐息を零す。
「哀れむべきかな、仙人左慈。私が誰であろうと、何であろうと良いではないですか」
 そう言って、はくつくつと笑った。
 左慈の手がの体を抱き上げると、膝を割らせてそのまま貫いた。
 はうっとりと上唇を舐め上げ、左慈の感触を楽しんでいるようだった。
「……殿方は、ここだけ若ければ良いけれど、女はそうは参りませぬもの。性の妄執は、この身を仙女と為しても消せはしません。人が罪だというなら、ああ、この妄執こそが」
 それきり、は口を噤んだ。唇を噛み締め、何かに翻弄されている。
 傍から見れば、左慈が腰の上にを抱え上げているに過ぎない。だが、左慈は肉樹の大小に変える技を納めており、まさに今、の膣を自在に蹂躙しているのだった。
「人の身であっても修めることの出来る技なれど、女に与える慈悲の深さは並大抵ではあるまいよ。如何に?」
 取り澄ましていたの顔が、快楽という名の苦痛に染まる。
 息は上がり、桃色の頬は朱を差したが如くに紅くなり、体中から香油のようによく薫る汗が滴り落ちた。
「酷い方、酷い方! これほどまでして私を嬲られようというのですか。私の方寸が、未だにお分かりいただけないというのですか」
 左慈の首に白い柔肉の腕が回り、切れ切れの声が左慈を詰る。
 それまで、ほぼ無表情といって良かった左慈の顔が、初めて笑みを浮かべた。
「分かっておるとも。それ故そなたをこのように嬲るのだ。閨で男が女を嬲るように、小生がそなたを嬲るのがいけないと言うのかね」
 左慈の口がの唇に張り付き、吸い上げた。恐ろしく長い舌はの口内を余すところなく犯し、喉から更に奥へつるりと滑り落ちた。
 の体が如実に変化する。
 左慈の腰に絡み付いていた足がぴんと張り、首に巻きつく腕もまた伸ばされ、左慈の肩口をぐぐっと抑えている。尻の窪みが更に凹んで、腰に力が入っていると知らしめた。
「仙人が、人の交わりとして肉を交える。だが、仙人は仙人なれば、人の為せぬ技にて交えるのもまた、道理ではないかね」
 左慈の肉樹は激しく変化し、の中を滅茶苦茶に掻き乱す。
「ああ、いいえ、そんな言葉はもう結構です。果てを、共に果てを夢見ましょう」
 息の上がった声は猥らに艶やかで、左慈にも否やはなかった。
「ふふ、しかし、小生も久し振りに、道の為す技を考えずに交じり合うことよ……なかなかどうして、悪くはない」
 しっかりとを抱え込むと、左慈の腰は穴を穿つが如くにに押し入る。
 濡れた音が響き、巨岩の乾いた表面にぽたぽたと愛液が飛び散る。
 三日三晩とはいかぬまでも、二人は相当に長く交わっていた。

 事が済めば、仙人はやはり仙人なのだった。
 身が穢れた跡もなく、肌はさらさらとしてまるで香油を落とした湯を浴びたように乾いて芳香を放っている。
「あら」
「そなたも気がついたかね」
 とっぷりと更けた夜空に、大きな青い星が一つ、天宮を横切るようにして流れていった。
「関雲長が、死にましてよ」
「曹孟徳も、長くはあるまいな」
 やはり天にある赤い星が一つ、どろりと鈍い光を放っていた。
 そうして天をよく見てみれば、あちらこちらに死を待つ星が瞬いていた。
「人は星の瞬きよりも儚い。小生もまた、儚い夢を見た」
 は、天を仰ぐ左慈の横顔をじっと見つめていた。
「それで?」
 左慈がを振り返る。
「それで、仙人左慈は何となさいます」
 お互いに無言で顔を見合わせ、次いでやはりお互いに微笑んだ。肉の交わりが方寸の交わりを呼び、二人は胸のうちを通じていた。改めて聞くことの滑稽さに、二人は笑ったのである。
 しかし、左慈はに言葉で告げる。己に告げるように、告げる。
「道に果てがなきように、人にも果てはあるまいよ。小生はただ、新たな時を待つのみ」
 安堵したようには微笑み、花が天に向かって咲くようにする、と立ち上がった。
「道の果てなきを知り、尚果てを求める者。天は地あって天、地は天あっての地。そなたがそれを忘れないのならば、新たな時は必ず訪れるでしょう」
 を中心に風が沸き起こる。
「父君によろしくお伝え下され。小生が御目文字叶う日は、来ないと思われるのでな」
 左慈の言葉に、はおかしくてたまらないというように笑った。笑うたびに顔が幼く、そこここの肌を露出する服もそれに合わせ、可愛らしくも隙のないものに変化した。
「ああ、おかしい。お父様に会う気もないくせに。仙人左慈なら、会おうと思えば今すぐにでもお父様と会えるでしょうに、嫌な方」
 ではね、私は帰るから、言うなりの体は光と化し天宮へと駆け上った。
「天の乱れは地の乱れ、地の乱れは天の乱れ。天帝がそれ程にご心配召されているとは思わなんだが、ふぅむ」
 案外、はねっかえりの姫がたまたま目に付いた地仙目当てに悪戯を仕掛けてきただけなのかもしれない。
 左慈は再び空を見上げた。
 関羽の星が流れ、赤い星を揺らした。白い貴人の星は、赤い星が力を失うことでやはり力を失いつつある。左慈が欲した新たな時代は、その片鱗のみを伺わせるだけで終焉を迎えそうだった。
「だが、小生には地仙として、新たに天から賜った生がある」
 待つことに苦痛はない。道の果てなきを耐え得る左慈なればこそ。今宵、新たに人となり仙人に
なった。
「惜しまんかな、無常の生。なればこそ愛おしい」

 巨岩の上に一陣の風が吹き抜け、次の瞬間左慈の姿が消える。
 後には、夜が残るのみであった。


  終

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