は、眠ろうとして眠れずにいる己に舌打ちした。
 寝返りを打っても落ち着かず、体は眠ろうとしてくれない。
 体だけではない、心もまた、粟立ちさざめいて静まろうとはしてくれなかった。
 男同士の交合。
 しかも、声や会話から察して片方はあの黄蓋に違いなく、もう片方は孫堅に違いないのだ。
 孫堅から露骨に誘われるようになって久しい。
 身も心も孫策へ捧げたにとって、孫堅の誘いは汚らわしいというより他なかった。
 と言って、孫策と関係があるわけではない。孫策は大喬を愛し、慈しんでいた。
 同時に、に対しては性別を越えた信頼を寄せ、大切な忠臣、掛替えのない腹心と常日頃から可愛がってくれている。
 文句のつけようもない。そんな不遜は罪悪だ。
 だからは、いつか戦場で命を落とすまで乙女であり続けようと誓った。一人の戦人、武を志す者として生きようと決めたのだ。
 処女でなくなるのは敵の手に落ちて陵辱される時。
 例え相手が孫堅とはいえ、受け入れることなどできようはずがなかった。
 女としての本能が、体を焼かぬではない。
 そんな時は孫策から受けた恩を思い出し、戦場に思いを馳せる。
 いつもはそれで落ち着けるものが、何故か今宵に限っては通用しない。
 戦が終結したとは言え、戦場に居てこんなことになるとは思わなかった。初めてだ。
 声のみとはいえ現実の交合の場面に出くわしてしまったからだろうか。
 熱い吐息、絡まりあう肌が起こす摩擦音、それらは目に見えない分の想像を掻き立て、心を乱す。
 不潔だ、男同士で、あんな。
 涙が滲むのを情けなく思いながら、は再度寝返りを打った。
 人の気配を背中に感じた。
 護衛の兵はどうしたのだ。
 眠っている振りをしながら、は密かに武具へと手を伸ばした。
 がっ、と音を立てて踏みにじられる。
 肘に加えられた圧力に、指先から武具が滑り落ちた。
 気付かれていた、と自分の不甲斐なさに舌打ちし、体術をもって侵入者を打ち砕こうと蹴りを繰り出す。
 それすらも読まれていた。
 足が凶器と化す寸前、絶妙な間で取り押さえられてしまう。その足の間に、賊の体が割り入って来る。
「惜しいな」
 笑みを含んだ声は、孫堅のものだった。
 さっと青褪めたは、抵抗を忘れて君主の顔を見上げる。相手が孫堅では賊だと騒ぎ立てるわけにもいかない。
 どうして、とは眼差しで問い掛ける。
 孫堅がこのように直接の行動に出ることはなかった。すれ違い様指に触れてきたり、井戸端で汗を拭いている時に背後に立たれたりしたことはあっても、閨に押し込まれたことなどない。
 だからこそ安心していたのだし、油断していたのだ。ましてやこの戦場でなどと、思いもよらない。
 孫堅は、唇の触れるぎりぎりまで顔を近付けて笑う。
「我慢が出来なくなった、ただそれだけのことだ」
 戦の昂揚は未だ鎮まらず、抱きたい女はすぐそこで鮮烈な美しさを誇り魅了する。
 お前の為に先程は堪えたのだ、と孫堅が笑い、昂ぶりをの腹に押し付けた。
 脳裏に記憶が蘇り、布地越しにもはっきりとわかる熱と質量の塊には怯えた。
「……お許し下さい、私は」
「策にすべてを捧げた、そうだったな。だが、策はお前を抱かぬではないか」
 捧げたとて受け入れられないのならば、自分が脇から有り難く頂戴したとて誰が責められようか。
「いやっ!!」
 孫堅の言葉に、今宵こそは遊ぶ気もない、本気なのだと悟ったは、必死に身を捩って逃げ出そうとする。
 百戦錬磨の手管に敵うはずもなく、は翻弄されるばかりだ。
 最早、とが最期の手段を取ろうとした瞬間だった。
 口の中に、孫堅の指根が咥えこまされる。反動で歯に力が加わり、がり、と嫌な音を立てた。
 血の味が広がる。わずかな量ではあったが、それはすぐに口いっぱいに広がった。
「お前は言ったではないか。己が男の手に落ちる時は、陵辱される時に他ならぬ、と。俺がしてやる。俺の手に落ちよ」
 口答えも許されない。孫堅の手は、傷ついても尚の口腔に押し込められてくる。
 閉じることを許されない唇から、唾液が滴り孫堅の手を濡らす。
 の眦に涙が浮き上がる。
 孫堅の舌が、丁寧に拭い取っていった。
「例えお前が骸に変わろうと、俺はお前を抱き俺の手に落とすぞ」
 絶望的な宣言に、の体から力が抜けた。
 それを契機として、孫堅はに噛ませた手を外すと、唇を重ねて口付けを落とす。
 四肢が強張り、孫堅を引き剥がそうと抗う。
 しかし孫堅がそれを許すはずもない。逆に、落ちようとしないの抵抗に微笑を浮かべて喜々としてみせる。
 噛み締められた歯列に舌の侵入を阻まれ、ではとばかりに歯根を柔らかにくすぐる。
 耐え切れずに開いた口内に疾風の如く侵入した孫堅の舌は、すぐさま侵略を開始した。
 逃げ惑う舌を追いかけ、吸い上げる。絡め、啜り、己の唾液を口移しに飲ませた。
 体内から穢される感覚に、は細い悲鳴を上げた。
「嫌か」
 笑みを添えて問い掛ける孫堅に、は侮蔑の目を向ける。
 決して落ちぬという頑なな意志表示に、孫堅は不敵な笑みをもって応える。
 合わせられた襟の両端を持ち、勢いよく左右に割る。
 甲高い音と共に、の胸乳が晒された。衝撃から大きく揺れる肉の塊に、孫堅は指を伸ばしこねくり回す。
「あ、あ、嫌、嫌ぁっ!」
 見るも触れるも汚らわしい、と言わんばかりには腕で顔を覆ってしまった。
 孫堅の手は胸乳を思う様陵辱する。手の中で柔らかな肉が形を歪に変えていくのを、孫堅は子供のように愉しげに見詰めた。
 指の腹で先端を撫で回すと、尖った感触が指を押し返してくる。
 の唇から、嗚咽が漏れるのを孫堅は趣深く聞き惚れた。
 楽しんでいたいが、早朝からの行軍を控えた身では、これ以上は叶うまい。
 舌打ちを堪え、孫堅は早速に最大の楽しみを味わうことにした。
 指を伸ばせば、中は既に潤っている。
 慣らすようにというよりは音を楽しむように中を掻き回す。
 微かな痛みを覚えて顔を引き攣らせていたは、湧き上がるような熱を感じて体を強張らせた。
 指が引き抜かれると、安堵と同時に不可思議な飢餓感に苛まれる。
 何故、どうしてと自分がわからなくなった。

 耳元で甘く囁かれて、の目に涙が浮かぶ。
「俺の手に落ちよ。俺が、お前を受け止めてやる」
 眼前に大きく開かされた足があり、孫堅の昂ぶりが重なろうとしている。
 答えを待っている。
 否と言ったら許してくれるだろうか。
 は孫堅を見上げた。
 微笑で返される。
 許されるはずがない。受け入れるまで、その手に落ちるまで追い詰められるだけだ。
 は顔を背け、目を閉じた。
 受け入れられるわけがなかった。
 孫堅が笑う気配がする。涙だけは、流したいだけ流せた。
「……あっ、や、やっ……!!」
 ぐん、と突き込まれる衝撃に体がしなる。
 腰骨がぎしぎしと鳴った。みちみち、と何かがはち切れるような音がする。初めて受け入れる男の大きさに、膣壁が悲鳴を上げる音だと察した。
 痛みは鈍く重く湧き上がってを責める。
 噛み締めた歯の間から、獣じみた痛ましい悲鳴が漏れる。
「ゆ……許して……もう、許し……」
 涙は枯れることなく零れる。
 赤子のように四肢を縮こまらせて、は痛みを耐えた。
 だが。
「落ちよ、と言っている」
 孫堅は無慈悲に腰を進ませる。
 如何な剛力を秘めているのか、孫堅の動きは押し留めることも出来なかった。
 痛いと泣いて訴えても、許してくれと赤裸々に請うても孫堅は止まらない。
 如何すれば許されるのか、はそれしか考えられなくなった。頭の中が孫堅でいっぱいになる。あれ程生きる支えとしてきた孫策への想いは、枯れ木が業火に焼かれる勢いで打ち消されていった。
「お、願い、お願いします、から……」
 泣きじゃくるを、孫堅は息を上げながらも静かに見下ろした。
「苦しいか、
 こくこくと頷く。
「では、もっと苦しむといい」
 腰を大きく引き、中に突きこむ。
 凄まじい痛みに、は泣き喚いた。
 孫堅は腰の律動を止めず、の声に耳を傾ける。
 泣き声が徐々に途切れ途切れになり、しゃくり上げに変わり、啜り泣きに変わった。
 それに合わせるようにして腰の動きを変える。大きく突き入れていたのを、細かに揺さ振るような動きに転じた。
「……っひ、ぁ、ぁ……」
 悲鳴がわずかに艶めく。
 宥めるように腿やわき腹を撫で摩ると、冷たくなっていた肌に孫堅の手の温もりが移り、緩んできたのがわかった。
 腿を抱え、更に密着させて揺さ振る。
「……ぇ……や、何……や、いやっ!!」
 の反応が目に見えて変化したのを、孫堅は愉しげに見守る。
「まだ、まだ。これからが本番だ」
 律動は少しずつその振れ幅を大きくしていく。
 それとわからぬほどの微妙な加減に、の体がしなった。
 閉じた眼は変わらなかったが、上気した頬がの中に悦がもたらされていることを示している。
「いや……嫌、嫌、どうして……どうしてぇ……っ!」
 一度止まった涙がまた滲んだ。
 孫堅が舌で拭うと、柔らかな吐息と切なげな声が上がる。
 満足げに顔を上げ、孫堅は腰の突き入れを再開させた。
 単調かつ複雑な水音と、荒く吐き出される二人の息だけが幕舎に満たされる。
 の体が大きく震える。
「もう、堪えきれないか」
 一人言じみた孫堅の言葉に、は身を捩って腰を浮かせる。
 ここまで来て、まだ抗うか。
 孫堅は笑い、の腰を引き摺り下ろした。
「……っ……やぁ、もう、嫌ぁ……」
 疲れきったように弱々しい悲鳴に、孫堅は喉を鳴らす。
 勢いよく突き込む様は、これまでよりも激しく鋭い。
 の足が虚空に向かってぴんと伸ばされた。
「や、落ち、る……っ……!!」
 の手を、孫堅が捕らえて戒めた。
「落ちて、来い」
 囁く声と同時に、体の奥底に迸る熱を感じる。
 は甲高く啼いて、果てた。

 孫堅の手で体を清められ、装束を整えられたは、未だ呆然としたまま現実を受け入れられずに居た。
 逃げて、しまいたい。
 どんな顔をして孫策に会っていいか、わからなかった。
 このまま逃げて、何処までも逃げて、誰からも忘れられてしまうほど遠くに、逃げられたなら。

 沈黙を守っていた孫堅が、不意にの名を呼ぶ。
 弾かれるように顔を上げたの表情は、怯えすくんでいた。
「逃げれば、お前を抱いたことを策に告げるぞ」
 唇が戦慄いた。
 孫堅に穢され、その為に軍を出奔したと孫策が知れば、一本気な男がどれほど怒り狂うか想像も付かなかった。
「お前は陵辱を望み、俺の手に落ちたのだ。認め、納得しろ。理解し、俺に服従するのだ」
 傲慢な支配者の物言いに、は恐れを抱きつつも首を振って拒絶を試みた。
「許さん」
 孫堅は、ただの一言をもって最後の抵抗を封じる。
「明日もお前を抱く。俺の幕舎に来い」
 確認することもなく、孫堅はに背を向けた。
 来ると確信しているようでもあった。
 行かざるを得ない強制力があった。
「……どうして……」
 囁くような、しかしはっきりとした絶望の声に孫堅は足を止めた。
「俺が、そう望むからだ」
 孫堅が去り、一人残されたは救いを求めるように項垂れた。
 ただ、恐ろしかった。


  終

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