よりにもよってな所で転んでしまった。
 問題は、場所と言うよりその場に居合わせた人である。
 その人が居たからの足は緊張に強張り、それが故に転んでしまったのだが、何にせよ見られてはならない人に見られてしまったことに変わりはない。。
 三角の目とイビツな口の形に彫り込まれた南瓜は、と向かい合うように転がり落ちて、まるでのドジを嘲笑っているかのようだ。
「……何だ、これは」
「え、えぇと、……あ、あはは……」
 向けられる疑問は自然なものだったけれど、は笑って誤魔化すより他ない。
 よりにもよって、薫卓の腹心とも言うべき華雄に南瓜を見られてしまうとは思わなかった。
 もう駄目だ、絶対に罰を与えられる。
 はぎゅっと目を瞑った。
 現代からこの世界に飛ばされて早数ヶ月、偶々薫卓軍に拾われて命を長らえることができた。
 美人でないばかりに妾になれと命じられることはなかったが、しかしその代わりとして下働きに加えられ雑用を命じられ、牛馬の如くこき使われることになったのだった。
 命があるだけ御の字とは言え、鬱屈とした生活が続けば嫌気も差す。
 は苦労しか知らない農民とは訳が違う。
 腹いっぱい食べられることなど極々当たり前な、一般的日本人として生まれ育ってきたのだから、正直この生活はきつかった。
 そこで、ささやかな息抜きとしてハロウィンの南瓜を用意することにした。
 大掛かりな祭りにすることなど夢のまた夢だったけれど、南瓜を彫って飾るくらい、許されても良かろう。
 一緒に働いている下女達も、の案に乗ってくれた。
 彫った南瓜の中で一番出来のいいものには、特別におかずを一品付け足すという小さなコンテストまでできることになったのに、それだと言うのに、あぁ。
「はぁ、成程な」
「えぇ、まぁ。……って、あれ?」
 衝撃のあまり、口からだだ漏れだったらしい。
 華雄はしばし考え込んでいたが、ふっと顔を上げ、南瓜を拾い上げた。
「まぁ、別に問題もなかろう。ただし、この南瓜もきちんと食っておけよ」
 ほれ、との手元に南瓜を押し付けると、華雄はそのままスタスタと立ち去っていった。
「……あれ」
 てっきり怒鳴られると思っていたのに、華雄はあっさり許してくれた。
 あの薫卓の腹心だから、てっきり怒鳴られるか下手すると厳罰食らわされると思っていたのに、何と言うこともない。
「何だ」
 一人ごちて居ると、背後から誰だかの影が被る。
 華雄だった。
「言い忘れた」
「は、はいっ!」
 やっぱり文句を言われるのかとが身構えると、華雄の目はを見据える。
 その顔が、いきなり崩れた。
「勝つといいな」
 にぱ、と、どこにでも居る好青年の顔で笑う華雄に、は胸を打ち抜かれたような思いがした。
 知らぬ間に胸を押さえるには気付かぬ風で、華雄は今度こそ立ち去って行った。
 は、その後ろ姿を見送る。
 こちらの世界に飛ばされて以来、いいことなんてほとんどなかった。
 だから、こんな程度のことでこんなに胸に来るのかもしれない。
 それとも、嫌な奴だと思い込んでいた華雄が、思い掛けず親切だったからだろうか。
 少なくとも、明日からは昨日までと同じ気持ちでいることはなくなりそうだった。
 それがいいことなのか悪いことなのか、今のには未だ分からない。

 終

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