「公績は、髪下ろすと妙にいやらしい」
「はぁ?」
 の言が唐突なのはいつものことだが、今日のはまた飛び切りだ。
 夜着に着替えた凌統が、髪の結び目を解いた途端にそんなことを言い出す。
「だってホストみたいだもんっ! 垂れ目のホストっ! もう、それだけでイヤラシイ!」
 訳が分からない。
 とりあえず頭を軽く叩いて黙らせると、が寝そべる牀に上がる。
「公績、公績」
 小さな動物がなつこく擦り寄るようなの様に、凌統はおざなりに返事をする。まともに取り合うと馬鹿を見るのだ。
「公績、ね、Trick or treat!」
 の訳の分からない言葉に、凌統はしばし沈黙を守る。
 おもむろに牀を降り、何か携えて戻ってきた。
「寝る前に、食い物欲しがるなっつの。後、食うんだったら牀から降りて食えよ」
「何で知ってるのー!?」
 の手に干し柿を乗せた凌統は、事は済んだとそのまま眠りに就こうとするのだが、が喚き散らしていてままならない。
「今日は疲れたんだよ、寝かせてくれよ」
「だって、何で公績がハロウィン知ってるの!?」
 知ってるも何も、昼間が散々『Trick or treat!』と喚き散らしてあちらこちらから菓子を強奪していたのを皆が見ている。凌統の元には何故か来なかったが、苦り切った呂蒙がわざわざ報告しに来てくれたのだ。
 甘寧にも散々してやったというので、それだけは良くやったと褒めてやってもいいと思っていた。
「公績には、悪戯しちゃおうと思ってたの」
 きゃ、と頬を染めて手のひらで押さえるを、凌統は面倒臭そうに見上げた。
「何よ、その目は。女の方から悪戯するって言ってんのよ、ちょっとは光栄に思いなさいよ」
「はいはい、分かった、分かりましたよ小姐」
 あくまで投げ遣りな凌統に、は頬を膨らませた。
 干し柿を牀の端に置くと、上掛けを被って蓑虫状になってしまう。
「何よ、公績なんか、後で後悔したって知らないんだから!」
 ぎゃあぎゃあ喚いていたものの、しばらくすると安らかな寝息が聞こえてきた。
 昼間にはしゃいでいた分、暖かな上掛けの誘いに勝てなかったらしい。
 凌統もようやく人心地付いて、上掛けの中に潜り込んだ。
 後で後悔ね。
 目を閉じる前に、蓑虫の背中にちらりと目を遣る。
 するのはするかもしれないけども、ねぇ。
 まだ十に満たないに欲情する悪癖は、生憎持ち合わせていない。
 後悔するのは、あと何年後だろう。
 幼くも凌統を慕って止まないの隣で、凌統は一人ごちて眠りに落ちた。

  終

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