別にあのクソ袋がどうなろうと知ったこっちゃなかったし、あたしは第一娼妓の出だから、どんな求めにも応じてきたしそれに覚悟なんていらなかった。毛むくじゃらのケツの穴を舐めろといわれれば舐めたし、小便を飲めと言われれば飲んだ。
 他の女がひぃひぃ泣いている時も、あたしはけろりとしていた。如何でもよかったし、出来たからやったまでのことだ。
 あたしが周りの女どもとは何かが違うとでも思ったのか(あたしから言えば、それはあたしがお飯さえ食べられれば、他に辛いことなんざありゃしないと思っていたからだと思うんだけど)、あのカワイ子ちゃんの次にあたしはあのクソ袋のお相手を務めていたと思う。
 変な話、回数なんて他の女と比べたら五十歩百歩もいいとこで、あのクソ袋の相手は大概あのカワイ子ちゃんが勤め上げていたってことで、こう言ったら何だけど、あのカワイ子ちゃんも頑丈だなぁと思っていた。
 お勤めはほぼ毎晩のことで、他の女が散々抱かれた後とは言え、最後に精を出すのは決まってあのカワイ子ちゃんの股の間なわけだから、やっぱりあの子が丈夫なんだ。踊りの名手というから、酔狂で鍛えているわけじゃないってんだろう。
 モノは小さいが、とにかくしつこいし、犯り過ぎでいい加減勃たなくなっているのを薬で無理に勃たせるもんだから、肌はがさがさだったし目の下に黒い隈が出来てたし、ああ、もうこの男も長くないだろうなぁって思ってた。この男が死んだら如何しようか、また娼館にでも戻ろうかな、でも戻してもらえるかしらなんてことを考えてた。
 だって、あたしはあの董卓の妾なのだから。

 普通に考えれば、あのクソ袋が死んだ途端にそれまでおどおどしていた馬鹿どもがうぞうぞ沸いて出るのは子供にだって分かることだったし、あのクソ袋にへいこらさせられていた分、八つ当たりはまずあたしら妾に来そうなものだ。だって、弱いもん。
 自分が蹴っても痛い思いをしないと分かると、男って奴は何処までも非道になれるものだ。
 あたしがまだ三つの頃、見たものが何なのか、説明できなくてもなんとなくは分かる頃、うちに盗賊が押し込んだ。あたしは上の母親違いの姉さんに苛められて、ボロい行李に閉じ込められていたのが良かったのだ。行李に空いた隙間から、最初から最後までずっと見ていることができたのだから。
 父さんは首を切られて真っ赤な血をしゅぽんと噴いてすぐ死んだ。
 母さんは右と左の手の平に、それぞれ一本ずつ刀を刺されて床に留められた。最後に心の臓を突かれるまで、ずっと痛い痛いと言いながら犯された。
 姉さんは七つだったけど、まだ毛も生えていない股座に、無理やり男のものを突っ込まれて、わんわん泣いていたっけ。男のものが物凄く大きくて、姉さんを犯すのを物凄く得意げに仲間に見せびらかしていた。
 みんな殺してしまうと、男達は適当に食べ物を食べ、酒を呑み、父さんが毎晩嬉しそうに数えてたお銭の入った壺を担いで、何処かに行ってしまった。
 あたしも殺されるんだろうなぁって思ってたけど、うっかり生き残ってしまった。
 後で、あの盗賊たちは父さんが雇っていた店の者だって分かって、みんな首を切られて死んだ。
 あたしは、何だかんだで体を売ってご飯を食べることを覚えて、毎日毎日男がひいふう言いながら股の間にチ×コを挿れるのを、何だかなぁと思いながら見ていた。
 泣き喚く方が男が喜ぶとか、いやらしい声を出すのとか、仲良しの姉さん達に教えてもらっている内に、あたしはご飯を食べるのに困らなくなっていた。
 両手の指よりちょっと多いくらいの男と毎日して、男を呼んでくる務めの女将さんはあたしのことをいい子だと褒めてくれたし、時々男達からもらうお銭や食べ物はみんなで適当に分けた。
 何にも欲しいものがなかったので、あたしは悲しいことも辛いことも、でも嬉しいこともないまま毎日を過ごしていた。
 世間では、黄巾賊とかいう連中がそこら辺中荒らしまわっているとか聞いた。調子に乗って関係ない奴が、黄巾頭に巻きつけてうちの娼館に来た時、そいつは『俺は黄巾だ、大人しくしろ』と言って姉さん達にひどく乱暴した。あたしは黄巾て奴が何だか分からなかったので、ただ頭にきてそばにあった陶の枕でそいつの頭を殴ってやった、そしたら頭が割れてそいつは死んだ。
 役人が来た時にその話を聞いて、妙な奴らが出てきたなぁと思った。お飯が食えないのはとても辛いから、盗賊やるのはまあ分かるけど、天がどうとか世がどうとか、そんなの腹の足しにもなりゃしないだろうに。
 そんなことを考えてたら、騙りをしたこいつも悪いけれども、お前は人を殺したから罰を受けなければならんと役人が言った。女将さんがいくらか包んで、ついでにあたしがあいつらのチ×コを扱いてやったら、あたしは無罪ということになった。
 役人が帰った後、姉さん達は、偽者とはいっても黄巾だと名乗った男を殺したから、きっと黄巾賊が来て皆殺しにされると泣いた。
 あたしはいつもどおりお飯を食べていたのだが、黄巾が来る代わりに董卓の使いが来た。
 感心な女だから、董卓様が特にお召抱えになると、偉そうに踏ん反り返っているのを見ながら、あたしはやっぱりお飯を食べていた。あたしがお飯を食べている間にあたしの荷物はさっさと纏められ、重そうな皮袋を背中に隠し持った女将さんが、幸せになんなよぅと歯の抜けた口で笑っていた。
 幸せになるってのがよく分かんなかったけど、お飯を食えるのはいいことだと思った。
 董卓のところに来ても、あたしのすることは変わらなかった。ただ、相手が董卓だけになり、毎日していたのが時々になり、着ている物が妙に小奇麗になっただけだった。

 しばらくして、貂蝉というカワイ子ちゃんが董卓の妻になった。妻は持たないの妾だけでいいだの言ってたのに、やっぱりこんな可愛い子を見るとツマにしたくなるのだろうか。
 あたしは生憎男じゃないし、学もないからさっぱり分からない。
 ただ、他の妾とちょっと様子が違うのに、おや、と思いはしたけれど、別に興味もなかったからほっといた。
 董卓の養子の呂布とかいう男が貂蝉に横恋慕しているのも何となく分かっていたし、貂蝉が呂布に気があるのも何となく分かった。姦通してれば……してなくても董卓が怒り狂うだろうけど、だからと言ってあの呂布を止めるだけの兵がいるんだろうかと、人事ながらあたしは時々想像した。
 けれど、董卓は全然二人のことに気が付かないし、だから何事もなくてあたしも何もしなかった。
 夜、寝付けなくてぶらぶらしていると、東屋でふざけあっている董卓と貂蝉に出くわした。あたしはそこら辺は敏いから、さっと身を隠して二人に気が付かれないように戻ろうとしたんだけど、何故かそこで呂布に出くわしてしまった。
 呂布はあたしの口を塞ぎ、物陰に滑り込むとすぐさま突っ込んできた。
 二人の様子を見て昂ぶっていたんだろう、もうすごく硬くなってて、あたしの耳元で『貂蝉、貂蝉』とうわ言を言っていた。
 あたしは、何だか馬鹿馬鹿しくなって、あそこに力を入れて呂布を締め上げてやった。武芸は達者なようだが、こっちの方はてんで駄目らしい、みっともなく唸ると、すぐに果ててしまった。
 でも、果てた先からすぐに元気になるもんだから、それには少し感心した。董卓は、この頃既になかなか勃たないし達かないしで、人が苦労しておっ勃ててやればすぐ貂蝉を呼べと騒ぎ立てる。
 娼妓をしていた頃は毎日何回もしていたから気が付かなかったけれど、あたしは結構人の肌が好きな女だったので、久し振りの男の肌の匂いに何もかもがどうでも良くなっていた。
 呂布とは体の相性も良かったようで、あたしは生まれて初めて、ああ、交合もなかなかいいもんだなぁと思った。
 何回か達って、呂布は吐き気を催したみたいな苦ぁい顔をして去っていったが、あたしはやっぱりいつもと変わらなかった。
 時々呂布はあたしのところへやって来て、何も言わずに突っ込んで出して、やっぱり苦ぁい顔をして帰って行った。嫌なら犯らなきゃいいだろうに、男というものは変な生き物だ。そのうち、董卓が、あたしをしょっちゅう呼び寄せるようになった。呂布の影でも感じ取ったのだろうか、でもあたしはやっぱりいつもと変わらなかったので、董卓に斬られることもなかった。
 あの日、やっぱり呂布が黙ったままやって来て、あたしに覆い被さったのだが、この男には似合わない甘い匂いがほんのりと薫った。
 何でかあたしには、その匂いが貂蝉の匂いだと分かった。
 ああ、何かするんだな、と思った次の次の日、董卓は死んだ。

 もう、大騒ぎだった。
 蜂の巣を突付いたようなって言うけど、もうそれどころじゃない、妾の女達はうろたえてきぃきぃ叫んでいたし、董卓にべったりだった文官は、血走った目をぎょろぎょろさせて、自分の物でもない董卓の私物を漁っていた。そうこうしている内に後から押し寄せてきた兵が、董卓の親族を捕まえては次々に縄を打ち、抵抗する元気のある奴は首だけにして大人しくさせ、血の匂いと悲鳴と怒号と、耳がどうにかなっちまうんじゃないかと思うくらい騒がしかった。
 あたしはお飯を食べていた。
 時間通りに食べるのが癖になっていたもので、腹が減ったのだ。
 呂布が入ってきた時、あたしは口の中のお飯をもくもくと噛み砕いているところだった。
 呆れたのか、呂布はやっぱり苦ぁい顔をしていた。如何でもよかったので、あたしはただお飯を食べていた。椀の中のお飯が綺麗になくなり、あたしが箸と椀を下ろすと、呂布は皮袋を投げて寄越した。
「外に俺の子飼の兵が待っている。そいつと一緒に、生まれたところにでも帰れ」
 それだけの用事だったらしい、言うなり背を向けて、あのうるさい騒ぎの中に戻っていった。
 要するに、見逃してくれるということだろう。
 あたしは皮袋を拾って、外に出た。呂布の子飼の兵とやらが、恭しく畏まって拱手をしてきたけれど、あたしはその手を取って呂布からもらった皮袋をねじ込んでやった。あげる、と言うと、そいつはびっくりした顔をしていた。
 あたしは何だか気分が良くて、鼻歌を歌いながら歩いていた。
 生まれて初めて、周りに逆らったのだ。
 妾だった母さんが死んですぐ、父さんの家で新しい母さんと姉さんに苛められて、娼館に売られて姉さん達と女将さんの言うことを聞いてきて、董卓に引き取られて董卓の言うことをきいて、呂布に犯されて犯されるままに犯されて、ああ、初めて逆らった!
 それは、存外に気分のいいものだった。
 とろとろと歩いていくと、あのクソ袋が裸に剥かれて広場の真ん中に置かれるところだった。腹に油の沁みた芯を突き立てられ、火が点ると蝋燭みたいになった。クソ袋は蝋燭になったらしい。
 クソ蝋燭の周りに親族や妾たちが引き出された。みんなひぃひぃ泣いている。あたしは前に進み出た。目敏い老女官が、あたしの姿を見て叫んだ。
「あの女、あの女も董卓の妾です!」
 ざわ、と周りの人間が揺らめいて、あたしから離れていった。あたしは何だかおかしくって、にこにこ笑いながら前に進んだ。偉いらしい兵が、気持ち悪い物を見る目であたしを見た。
「お前、董卓の妾なのか」
 そうよ、と答えると、周りからどっと兵が押しかけてあたしに縄を打った。別に逃げやしないけど、こうでもしないと格好がつかないんだろう。
 呂布が現れた。呂布は、あたしを見てびっくりしているようだった。

 このクソ袋がどうなろうと知ったこっちゃなかった。でも、という名はこのクソ袋が付けてくれた名前で、あたしはその名前が結構気に入っていたのだ。
 娼館に戻ったら、もうあたしをと呼ぶ人はいなくなる。
 だから、死ぬ理由にはあんまりならないかもしれないけど、だからあたしはここでこのクソ袋と一緒に死んでやろうかと思ったのかもしれない。

 今日はわりかしいい天気であったかくって、お腹もいっぱいだし、じゃあいいかって気になったの。
 死ぬのなんて、そんなに怖かぁないのよ、お飯が食べられないのに比べたら。


  終

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