「退屈ー」
姜維の室ある長椅子に転がり、は行儀悪く足をばたつかせた。
異世界からやってきたというは、珍客として蜀の保護を受けている。
扱いとしては珍獣、絶滅保護種とそうそう変わらないのだが、待遇が悪い訳ではないのでとしても文句はない。
けれど、の世話役に任じられた姜維としてはそうもいかない。
常日頃目の届く範囲にを置いておかねばならず、その上で業務もこなさなければならない。
貴方なら出来ますとの諸葛亮の言葉に酔いしれて、うかうか引き受けたのが間違いの元だった。
多忙に次ぐ多忙の上、は突拍子もないことを言ったりしでかしたりで、姜維は、偽りなく心休まる暇もない有様だった。
「ねぇ、ハロウィンやろうよ」
「……今度は、何ですか」
が思い付きで訳の分からないことを始めることも、さして珍しいことではなくなっていた。
姜維も慣れたものである。
「だからハロウィンだよ。仮装するの」
「……仮装、と申されましても」
いきなりそんなことを言われても、そんな用意がすぐさま調えられる訳がない。
しかしは、けろりとしていた。
「いいじゃん、姜維の服貸してくれれば」
「……はぁ!?」
仮装なのだから、自分が普段着るものでさえなければいい。
が姜維の服を借り受けるのであれば、正にこれ以上手軽なことはない。
また、それで済むなら姜維としても願ったりな話である。
「で、では、少々お待ち下され……」
「いいよ、それで」
は手を伸ばす。
それと言われて姜維はの指先を見遣る。
がしっかり握りしめているのは、どう見ても自分の、しかし『今』着ている服だった。
「……え」
「だから、これ」
暗に脱げと迫られ、姜維は顔を真っ赤に染める。
がそういうつもりで言っているのではないと、分かってはいる。
いるが、自然に沸き上がる妄想も体が反応するのも、若さ故なのでどうしようもない。
別の意味でも脱げなくなった姜維に、の魔手は容赦なく襲い掛かる。
「や、やめて下さい、ご無体な!」
「無体とかって、意味分かんないしー」
体力差を年上の落ち着きと技巧でカバーしつつ、は巧みに姜維を圧倒する。
「ちょ、いや……そ、そんな、これを脱いだら私はどうすればいいんですっ!」
姜維の必死の訴えが効を奏したか、の手が止まる。
その隙に、姜維はの下から這い出した。
荒く呼吸を繰り返す間に、はぽんと手を打つ。
「あぁ、じゃあこうしよう。姜維には、私の服を貸したげる」
言うなり服を脱ぎ出すに、姜維は悲鳴を上げて飛び上がる。
血相変えて逃げ出した姜維を見送り、はのんびりと服を直した。
今のは、だいぶ面白かった。
は長椅子に戻ると、ごろりと寝直す。
退屈凌ぎにされていることも、諸葛亮がそれを見越して任を与えただろうということも、姜維は未だ知らずにいるのだった。
知らない方が、いいかもしれない。
終
The orderer :ちこ様