ごねる星彩の扱いに、は困惑させられていた。
馬超ならば不貞腐れてそっぽを向くし、趙雲ならを丸め込んでいることだろう。
けれど、あくまで一本気な星彩は、己の主張を曲げることなくただ延々と繰り返す。
だからこそ厄介と言えた。
平行線とはこういうことを言うのだろう。
とて、こうまでしてごねられるのであれば、引くにやぶさかでない。
面倒だからだ。
実害がないとあれば、尚のことだった。
普段は真面目で慎ましやかな星彩であれば、ますます聞き届けてやりたいと思う。
しかし、ない袖は振れないの例え通り、ないものを出せと言われても困るばかりだ。
「明日! 明日絶対、買ってきてあげるから!」
「嫌です」
目に涙を溜めて訴える我がままは、子供の理屈とさして変わらない。
床に寝転がって駄々をこねる子供であれば、尻の一つも引っぱたいてやれば良いと思うのだが、花も盛りの星彩相手ではそうもいかない。
どうしたものかと腕組みをする。
星彩も、自分の所業がを困らせていると分かっていて、どうしても引けなくなっていた。
言い合いの原因は、から言わせればやはりくだらないことだった。
今日がバレンタインデーだと思い出したが、折角だからと月餅を買い求めてきたのがそもそもの発端だ。
多めに買って来たつもりが、世間話がてら配り歩いた結果、星彩に行き着く前にすべて配り尽くしてしまっていた。
張飛にも渡してあったから、どうもそこから星彩に話が伝わったようだ。
父がもらったものを自分がもらえないとなると、尚更悔しく感じるのだろう。
どう話して聞かせられたかも定かでないが、『親しい人には必ず贈る』とでも吹き込まれたらしく、それこそ城中を走り回ってを探していたらしい。
とて、星彩にも上げようと探しはしていたのだ。
それが裏目に出たのが痛かった。
互いに相手を探して動き回ることで、余計なすれ違いを重ねる結果となった。
見目も味も良い月餅を探すのは、それなり苦労した。
しばらく月餅は見たくないと思うまで味見を続け、ようやく気に入った月餅を買い求めてきたのだ。
大きさは、月餅にしてはやや小振りで、だから立ち話をしている間に相手も食べてしまっていた。
もそれを見届けているから、今から事情を話して回収という訳にもいかない。
姜維が食べずに持ち帰ったのは覚えていたが、涙まで浮かべて歓喜していたものを、星彩が欲しがってるから返して頂戴とはさすがに言えない。
店にある分はすべて買い占めていたから、今日中に寄越せといわれても渡しようがなかった。
星彩に諦めてもらうしかなかったが、当の星彩は頑として譲ろうとしない。
どうしても今日、他の者達がもらった月餅が欲しいと言うのだ。手持ちの干菓子や蜜漬けの果実では、嫌だと言う。
どうしたらいいのか、も考えあぐねていた。
星彩も、口を閉ざして俯いてしまっている。
駄目だ、方向性から変えてみよう。
袋小路に行き詰る閉塞感に、は眉間の皺をぐりぐりと解して気分転換を試みる。
「どうしてそんなに欲しいの。張飛殿から何て聞いたか知らないけど、バレンタインて、基本的には女から男の人にプレゼント、贈り物を贈る日なんだよ」
女同士で交換することもないではないが、それとて一般的とは言い難い。
配るのが好きな子だったら構わないだろうが、中には製菓会社の陰謀だと毎年喚く御仁も居ないではないのだ。
は、配るのが好きな方だったので、特に気にはしない。
年中行事が恋人とヤる為の口実と言うように、感謝の気持ちを表せるなら盆だろうが正月だろうが気にしたことではなかった。
しかし、敢えて星彩に諦めてもらうとしたら、この手しかないように思えた。
「だって、お姉さまが……」
途中まで言い掛けた星彩だったが、そのまま口を閉ざしてしまった。
「……何?」
「…………」
星彩は答えない。
言い難いことなのか分からないが、このままでは埒が明かなかった。
「何、星彩。途中で止められると、気分悪い。最後までちゃんと言って」
きつい言葉だとは感じたが、オブラートに包むことはしなかった。
星彩が悲しげに眉を顰めたが、は黙したまま星彩の言葉を待つ。
「……お姉さまが、大切な人に贈る為に一生懸命選んだ品を、大切な人に上げる日だという今日の内に、戴きたかったのです」
別の品では駄目、今日の内でなくては駄目。
星彩のこだわりは、聞いてしまえばあまりにも単純だった。
でさえ、そりゃそうだと頷いてしまうような、そんなシンプルな理由だ。
「でも、月餅、もうないんだよ」
「……分かっています」
我がままを言ったと肩を落とす星彩に、はすっと顔を寄せた。
「だから、私の今日の残りの時間を、星彩に上げる」
そんなら、いい?
の提案に、星彩は目をぱちくりとさせた。
「よ……よろしいんですか、お姉さま」
「いいも悪いも。……それぐらいしか、思いつかんし。星彩が良ければ、になるけどね」
歌でもお話でも、何でも星彩がして欲しいことをしてあげよう。
おどけたように首をすくめたに、星彩の顔はぱっと輝きを取り戻す。
「……でしたらまず、私に『きす』をしていただけますか」
辺りをはばからぬ朗々とした声に、は飛び上がらんばかりに驚愕する。
誰も聞いては居るまい、聞いていても『きす』の意味など分かるまいと思いつつおどおどと辺りを見回したは、二階の廊下を歩いていたと思しき趙雲と目が合い、その壮絶に爽やかな笑顔を認めて凍り付いた。
終