「ハロウィンの日だ」
 が唐突なのはいつものことだが、牀で組み敷いている時に切り出すような話題ではないだろうことを、趙雲は容易く看破した。
「……はろうぃん?」
 それでも、耳慣れない言葉につい問い返してしまうのは、少しでもこの馬鹿な女のことを知りたいという欲目からだろうか。
 には知ったことではないだろうが。
 手の平に雪が解けるように早々に蕩ける身体の持ち主は、陥落される前にその傍若無人な侵略者の気を逸らすのに必死なだけだった。
 この切羽詰った状況打破への慣れは、いずれ戦場かどこかで役に立つかもしれん、などとはお気楽に考えていた……考えていないと、相手の睫の本数まで数えられそうなこの状況が耐えがたかったのだ。
「あのね、子供達が夜、仮装して『TRICK OR TREAT!』って言いながら家を訪ねて回るの、ね。そんで、訪ねられた家は子供達にお菓子を振舞うの」
「……奇妙な祭りだな」
 話に乗ってきたとみるや、はさり気なさを装って趙雲の下から抜け出し、ぺたりと座り込む。趙雲も話の続きの方が気になるのか、胡坐をかいて座った。
「うん、あのね、本当は夜に悪霊が家に忍び込むのを防ぐお祭りだったらしいんだけど、子供だけ
じゃなく大人も仮装したりしてね、パレード……行列して歩いたりして、結構楽しいんだよ」
 ジャック・オー・ランタンというオレンジ色の南瓜の提灯の話や、昔はお菓子はもらわなかったらしいというような話まで、は熱心に趙雲に話して聞かす。
「前もって話をしていたら、南瓜くらいは手に入ったかもしれんのだが」
「あ、いいよ、そんな。それに、ただ目と口開けるだけって言っても、結構大変だしさ。あ、でも、南瓜と卵と砂糖……『砂』糖じゃなくてもいいけど、あ、蜂蜜でもいけるかな。もしあったら、南瓜プリン作ってあげるね」
 たぶんきっとなんとかなる、とは無邪気に笑い、趙雲も併せて笑った。
「とり……何だった?」
 趙雲が何か思い出そうとぶつぶつと呟き始めた。
「……『TRICK OR TREAT!』?」
「そう、それだ。それは、どういう意味なんだ?」
 はうーんと腕組みして、思い出そうと考え込む。
「えぇと、確か合言葉みたいなもんでこれっていう意味はなかったんじゃないかな……『悪戯か、ご馳走か』……うん、こんな意味じゃないの?」
 ふ、と趙雲の目が悪戯っぽく光るのを、は目敏く見つけた。
 嫌な予感に切り出すのを躊躇っていると、趙雲の方からさっさと切り出してきた。
「『TRICK OR TREAT!』だ、
 手を差し出してくる趙雲に、はぽかっと顎を落とした。
「し、子龍……あのさ、ハロウィンっていうのは子供のお祭りだからさ……」
は、先程大人も参加していると言っただろう」
「つ、つったってあれは仮装の話だし……それに、合言葉は人の家訪問して言う……」
「ここは私の家か?」
 の家だ。
「いや、でも、だってお菓子なんかないよ!」
 今さっき思い出した他愛もない話に、まさか趙雲がこれほど食いついてこようとは思いもしなかった。
 根を上げて思わず声を荒げるに、趙雲は今度は見惚れるような満面の笑みを浮べた。
「では、『悪戯』だな、
 そう来たか……!
 制止の言葉も行動も、すべて趙雲にやすやす押さえ込まれてしまった。
 趙雲が、の服を脱がそうと唇を離した瞬間、は身をよじって盛大にむせた。
 何とも色気のない、と思いつつ、の下着まで全部剥ぎ取ってしまった趙雲の耳に、の呪詛めいた言葉が届く。
「こ、この天然インキュバスめ……!」
 またもや耳慣れない言葉に手が止まりかける趙雲だったが、後で聞けばいいと思い直し『作業』を続けた。
 そちらの方は、『二回目』の『理由』として活用しようと決めたのだ。


  終

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