ハロウィンという祭りの日なのだとが言い出した。
 馬超は常の如く眉を顰めて黙っている。知らないことを聞く時の馬超の癖だが、それを知らぬ者には端整な顔で睨め付けられているような心持ちに陥り、なかなか物が言えなくなること請け合いだ。
 は、慣れたもので気にも留めない。留めな過ぎて馬超が憤ることも多い。
 閑話休題。
「十月の終わりにあるの。ええと、万聖節の前夜祭だったかな。とにかく、その日はお化けが出たりするって言われてて、子供達がお化けに仮装して近所回って、お菓子をもらったりするの」
「おばけ?」
 この時代で『お化け』に関する知識は薄弱だ。日本ではお馴染みの『一つ目小僧』や『ろくろっ首』等は居ないらしい。
 化け物と呼び称されるのは、大概が人であり死者である。そんなところが、この土地に現実主義者が多いと思う由縁だ。
「うーん。まぁ、あの、異形の者というか、ちょっと変わった格好をする訳よ」
「魏延殿のようにか」
 どう答えていいか分からない。
 当たらずとも遠からずなのだが、ここで『うん』と言っていいものかどうか。
 第一、魏延に失礼だ。
 思い悩んでいたが、ちらりと馬超の兜に目を向ける。
「孟起だって、兜に角ついてるじゃん。それで充分だよ」
「……これは仮装ではない」
 ぴくっと眉が跳ね上がる。
 常人ならばここで殺気を感じて引き下がろうが、鈍いと定評のあるである。馬超を相手では尚更気安く、銀に光る房飾りに指を絡める。
「仮装じゃなくったって大丈夫だって。充分ハロウィンっぽい、ぽい」
 の感覚では、普段と違う格好さえしていれば良い。龍の意匠なのだろうこの兜など、本当にハロウィンの列に紛れていてもおかしくないように思えた。
 だが、馬超としてはこの鎧を着ていることこそが当たり前で、私宅以外では常時身に纏っているのが普通だ。それを仮装と言われては、面白い筈がない。
「…………」
 無言になり、険も露に唇を尖らせている馬超の顔を見て、もようやく馬超の機嫌を損ねたらしいことに気が付いた。
「……怒った?」
「……別に」
 ふいっと目を逸らすのも、馬超が不機嫌な証だ。
 それも、相当。
 の感覚としては怒るようなことかと思ってしまうのだが、自身この中原に関して造詣が深いとは言い難い。何かとんでもなく失礼なことを言ってしまった可能性もあながち否定できず、ふざけて指を絡めた房飾りから手を離した。
「ごめん、あの、お菓子食べる?」
 ハロウィンだからと月餅を買い込んである。皆知らないだろうから(知っている筈もないのだが)、話がてら配って回ろうかと思って多めに用意してあった。
「……子供ではない、いらん」
 人の話を聞いていないようでしっかり聞いていたらしい馬超は、『子供が菓子をもらう』という部分を忘れず覚えていたようだ。
 ぷい、と、そっぽを向いて本格的にへそを曲げてしまった。
 うぁー、とは苦い笑みを浮かべる。
 こうなると長いのだ。なかなか手が付けられなくなる。
 馬岱にでもヘルプを頼みたいところだが、二人は今の室に居るので、わざわざ呼び出す訳にもいかない。第一、呼び出すにはくだらな過ぎる。
「違うものなら、受け取ってやってもいい」
 馬超が譲歩を切り出してきた。
 あら珍しい、とが振り返る。多少は大人になったのだろうかと、気持ちは母親の心境だ。
「何? 私で用意できるもの?」
 一応念の為に伺いを立てる。
 現代からこの無双の世界に飛ばされたの持っているものは、極々少ない。贈り物をもらうこともあるが、まさか贈り物をくれてやる訳にはいかないから、の私物と言い切れるものは本当に少ないのだ。
 馬超はこっくりと頷き、の顔をじっと見詰める。
 その視線に嫌な予感を覚えた。
「……私、とか言わないよね」
「………………」
 しかし、馬超は無言のままでを見つめるだけだ。
 おおう。
 親父臭いなとは思っても口には出せず、は呆れた顔をして馬超と対峙する。
 馬超は無言を守って、ただひたすらの出方を待っているようだった。
 おおお。
 この馬鹿何とかして下さい、と頭を掻く。逸らした視線をもう一度馬超に合わせるが、馬超は瞬きすら忘れたようにじっとを見据えていた。
 ガン見とか言うのはこんな視線なのだろうと思う。とにかく、じーっと見詰めている。
 落ち着かなくなり、そわそわしてしまうのを更にじーっと見詰められる。
 うぅ、と唸ろうが、視線を真横に逸らそうが、馬超は黙ってに無言の圧力を掛け続ける。
 じー。
「分かったわいっ!!」
 自棄になって投げ遣りに了承したに対し、馬超はさも嬉しげに笑う。
 元々の造作がいいだけに、そんな笑みを浮かべると酷く人懐こく女心をくすぐるような笑顔に見えるのだ。
 顔がいいからって、この男は。
 内心不平不満をぶつぶつと漏らしつつ、馬超の前に足を進める。
「キス、だけだからね」
 何せまだ明るい。時間が出来たからと会いに来てくれたのは嬉しいが、にもやらねばならぬことがある。春花が休みなのは馬超にとって幸いだったろうが、馬岱がサボり癖のある従兄を迎えに来る可能性はかなり高かった。
 何度も念押しするに、馬超は神妙な顔をして頷いた。
 約束を違える男ではない。
 それで、も安堵して最後の一歩を踏み出した。
 房飾りに指を絡めて、引く。
 爪先立ちになると、馬超の温かな唇に触れた。薄い皮膚の感触に、肌の奥底がざわめきだす。
 口付けは、好きだった。
 重ねるだけの、しかし長い口付けが終わりは踵を下ろした。
 が。
 馬超の唇が、離れてしまった温もりを追い掛けるように落ちてきた。
 一瞬の早業に、抗うことも許されなかった。ぽかんと開いた口に素早く舌が滑り込んできて、のそれを絡めて煽る。
 背を反らして逃げようとしても、馬超の腕が回り込んできて逃れられないように支えてしまう。ダンスでも踊るかのように大きく弓形に背を反らせ、馬超の口付けを甘んじて受けるしかなかった。
 無理な体勢にすぐに息が上がる。
 馬超の二の腕に縋っていたの指が、ぴくぴくと痙攣を始めた。
 ちら、とそれを見遣った馬超は、ゆっくりと唇を離す。
 ぐったりしたに、抵抗するゆとりは最早なかった。抱え上げられ、運ばれる。
 運ばれた先は、の牀だった。一人用の極狭いものだが、圧し掛かる分には何の不足もない。
「キ、キスだけって言った!」
 わずかながらに言い返す気力を取り戻したが、の腰は抜けかかっていて言うことを聞かない。
 両手を突っぱねるように馬超を押すに、馬超は真顔で視線を注ぐ。

「な、何。駄目だからね、キスだけってちゃんと約束したんだから」
「きすとは、何だ」
 絶句した。
「キ、キスっ」
 言い掛けた言葉は馬超の唇の中で掻き消えてしまった。
 離れて、息を付いたところでまた開く口を、また馬超が塞いでしまう。
「だ」
「待」
「ちょ」
「も」
 何度も何度も繰り返し、項まで綺麗な朱色に染まるのを馬超は見詰めていた。
 口答えしなくなったと見るや、そのまま唇を滑らせ最大に弱い耳朶に舌を這わせる。
「ひゃ」
 跳ね上がってしがみついてきたに、馬超はくっくっと喉を詰まらせて笑う。
「寄越せ、
 襟を寛げ、先端の朱に歯を立てる。
 の体が震えるのを、指が伸びてくるのを馬超は愛しく思う。錯覚でも、甘い、と感じた。
「……この、馬鹿野郎」
 涙で潤んだ目で悪態を吐かれても、気にもならない。
 引き寄せられるまま、もう一度唇を重ねた。

  終

■せれね様、お誕生日おめでとうございます(・∀・)ノシ

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