「うぉ、しまったぁ!」
 夜も更けて、姜維に送られていたが馬上で素っ頓狂な声を上げた。
「如何なさいました、殿」
 驚きつつも、その動揺は内心に収め、最小限に留める。姜維もまた、胆力の人なのだった。
「今日、三月十四日じゃん……あちゃあ、しまった。何かくれって言っておきゃ良かった」
 首を傾げた姜維が、事の次第をに尋ねる。
 何でも、三月十四日は男が好いた女に贈り物を贈る日なのだと言う。
「馬超辺りに言っておけば、ひっかかって何か美味しいものくれたかもしれん」
 惜しいことをした、とぶつぶつ言うに、姜維は複雑な顔をした。
 夜風がさら、と音を立てて流れていく。
 ふと、姜維は馬上で立ち上がり、上の方に向けて手を伸ばした。
 ぱきん、と軽い音がして、姜維が体勢を戻す気配がした。
 何だろうと振り返ると、の目の前に一枝の白い梅の花が差し出された。
 月光にさえ冴え冴えと美しいその花弁に、は一瞬で魅了された。
「……くれる、の?」
 姜維は薄く頬を染め、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ありがと……」
 姜維の手から梅の枝を受け取る時に互いの指が触れ、刹那、温もりを二人で分かち合った。
「あの……でもさ、本当は、二月十四日に女から贈り物もらった奴が、お礼をする日……なんだよ、ね……」
 今更でごめん、とが謝ると、姜維が顔を朱に染めて俯いた。恐らく、自分の早合点を恥じているのだろう。
 が勘違いさせるような言い方をしたのがいけないのははっきりしているというのに、姜維らしいな、と思った。
「……じゃあさ、これは、来年の分の前渡ってことで、ね?」
 が努めて明るく振舞うと、姜維もぎこちないながらも笑みを浮かべた。
「それで、これは」
 体をめいっぱい捻って、姜維の頬に唇を寄せた。
「前渡の、利子ね」
 あはは、と照れたように笑うと、は前方に向き直った。
 顔を真っ赤にした姜維は、唇の触れた頬に手を当てて、の後ろ頭をぼうっと見つめた。
 はっとして我に返ると、うろたえたように視線をさまよわせ、しばらく考えた後にの耳元に口を寄せた。
「……口では、ないのですか……?」
 が前のめりになって派手にむせる。
 馬が驚いていななくので、姜維はと馬、両方を宥めるのにひどく手を焼いた。

 梅の花弁が風に吹かれて、はらはらと舞い散った。


  終

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