「星彩様ってさ、顔、綺麗だよな」
突然口を開いて出たのはそんな言葉だった。
言われた星彩は驚いたように俺を見詰めている。
長い間星彩様の副官を勤め、だが今日で俺はその任を解かれる。
最初の頃は妙に意気込むばっかりの、戦慣れしない顔だけ綺麗な娘だと思っていた。
けれど、二度目の戦、三度目の戦と回を重ねるごとにその強さは磨かれていき、その鋼のような美しい強さと清さに俺は惹かれてしまっていた。
馬鹿な話だ。
二親はあの張将軍に魏の夏侯将軍縁の母親、義理の伯父のこれまた養子の関平殿という者もあり、何を養子風情がと肩を張ろうにも、何時の間にか劉禅様の妻になることが決まっていたというお粗末な話だ。
俺が逆立ちしたって、星彩様の隣に立つことなんか許されるわけがねぇんだ。
せめてと鍛錬に励んだ結果、星彩様の副官になることができた。
やっと少しは報われたと思ったのに、一年と経たずして俺は副官の任を解かれ、一軍を預けられることになってしまった。
何と言うか、鍛錬に励み過ぎたんだろう。
あるいは、俺の邪な気持ちにあの軍師殿辺りが感付いて追っ払うことにしたのかもしれない。
とにかく、今日が最後なのだ。
最後なのだから、せめて俺の気持ちだけでも伝えておきたかった。
勢いをつけて、告白しようとした絶妙の瞬間、星彩様はにこりと笑った。
にこりと。
にこり。
笑った。
俺は言葉もなく、呆然と星彩様の笑みに見入っていた。
ほとんど笑うことのない娘だったのだ。戦場での緊張感が、あるいは訓練に対する真摯さが、緩んだ笑みを許さなかったのかもしれない。
とにかく、笑わない子だったんだ。
それが、今、俺の前で笑った。
ちょっとくらい魂抜かれたって、仕方ないだろう。
「有難う、」
星彩様はそう言うと、すっと手を差し出してきた。
「明日からは、私達は隣同士で戦うことはなくなるかもしれない。けれど、蜀を守る士として肩を並べあっていくことに変わりはない。頑張りましょう」
おずおずと差し出した俺の手を、星彩様は両の手でぐっと握り締めた。
あぁ、何ていうか、男らしいったらねぇや。
惚れた女の方がよっぽど男らしいことに、惚れた自分の方がよっぽど女々しいことには衝撃を受け、涙を零した。
だが、星彩がの涙の真の意味に気がつくことは遂になかったのだった。
終