馬超が不貞腐れている。
喧嘩の理由なんて、いつもいつも下らない。
大抵、馬超がキレて俺がそれを無視するというパターンだ。
そもそも、感情低血圧と命名された程感情の起伏がない俺に、ハーレクィンロマンスばりの愛情表現をしろというのが無理なのだ。
馬超も、あの曹丕もそうなのだが、俺に何を期待しているというのだろう。
アナタがいないと生きていけないの、とでも言って泣きながらすがれば気が済むとでも言うのだろうか。
やってやってもいいが、確実に逆ギレされると思う。賭けてもいい。勝率百パーセントの賭けなんて、つまらないことこの上ない。
ともかく、馬超はいつもどおり不貞腐れてソファの端で膝を抱えているし、俺はそれが鬱陶しくてたまらないしで場の空気は最悪だった。
気分直しに酒でも飲もうか、と思ったが、生憎家で酒を飲む習慣を持たない俺の家には、ろくな酒がない。
あるのは、もらったままほったらかしている洋酒ぐらいだ。封は開けてないが、放置しているくらいなのでそのままで飲む気が起こらない。
冷蔵庫をがさがさと漁っていると、背中に視線を感じる。
恨みがましい、陰険な視線だ。
折角(というのも何だが)不貞腐れているのに、慰めにも来ない俺を恨んでいるのだろう。
まったくもって子供だ。
溜息が出る。
グラスを出して、氷を叩き込む。
ウォッカとグレープフルーツジュースを適当に注いで、軽くステアした。塩は、省略。レモンを軽く絞って、馬超の元に向かう。
「ほら」
怪訝そうな顔で、俺とグラスを見比べている。
「ブルドッグ……塩抜きのソルティードッグ。呑む?」
しばらく黙っていた馬超は、おずおずと手を伸ばしてグラスを受け取った。
ソファに並んで、冷たいグラスを傾ける。
「、濃い」
眉を寄せて抗議する馬超に、俺は冷蔵庫に向け顎をしゃくってやった。薄めたいなら自分でやれ、という意思表示だった。
酒があまり得意でない馬超は、こんなぐらいでもキツイのだろう。俺にはちょうどいいぐらいだが。
ところが、馬超はでかい図体を丸めたまま、動こうともしない。
子供なのだ。
意地っ張りだなぁ、と溜息を吐くと、馬超の眉尻がぴんと跳ね上がる。
俺は、グラスの中身を口に含んだ。
馬超の髪を掴んで仰向かせると、口移しに流し込む。
薄く目を開けると、馬超は目を丸くして固まっている。頬も紅潮して、その分やけに幼く見えた。
子供め。
馬超の手から邪魔なグラスを取り上げると、ローテーブルに置く。その間も舌を絡めたまま、馬超を追い詰めるように口付けを交わす。
唇が離れると、馬超は熱い息を深く吐き出した。
「……何を……」
抗議のつもりなのだろうか、上目遣いにきろりと睨まれたが、むしろ誘っているかのような色気を感じる。
「濃いんだろ」
「だから、何をする気だ」
んなこたぁ、言わなくったって分かるだろう。
馬超のシャツのボタンを外し始めると、馬超は口元をへの字に曲げたが、無言のまま俺の指を目で追う。嫌ではないらしい。
「氷が溶ければ、薄まるだろ」
鎖骨を唇で辿ると、馬超の体から力が抜けた。
「……そうか」
そうか、じゃないだろ。
少しばかり呆れ返った俺に、馬超の腕が絡み付いてきた。
俺がシャワーを浴びて出てくると、馬超は薄くはなったろうが温くもなっただろうブルドッグを、やけに嬉しそうに啜っていた。
「、お代わり」
濃くてもいい、薄めてくれるなら。
そんなことを言う馬超に、俺は渋い顔を隠さなかった。
子供の考えることは、よく分からない。
機嫌を取り易いのは、でも、助かると思った。
終