TEAM蜀では、有志を募ってクリスマスパーティーを開くことになった。
 期日は12月24日の終業後、フロアでそのままという多方面に嫌がらせな日程だ。
 これを定めたのは部長の張飛で、何でも、部長の実娘でバイトに来ている星彩が、この日に約束があると言いだしたのが事の発端だったらしい。
 張飛の家では、毎年クリスマスイブは家族で祝うのが通例で、時には関羽親子や劉備専務も乱入しての賑やかなパーティーになるという話だった。
 それが、今年に限ってどうしても自分の約束を優先させると星彩が言い出したものだから、張飛も一計案じたようなのだ。
 終業後にそのままパーティーになだれ込んでしまえば、如何な星彩と言えど居残らざるを得まい。
 途中で抜け出す危惧はあっても、すぐ側で見張って阻止しようという魂胆らしかった。
 この策を遂行するに当たり、まずもっての問題はむしろ張飛の奥方の存在なのだが、星彩がイブに約束をしてきたことに腹を立てる張飛とようやく思春期らしい思春期を迎えたかと歓迎する奥方とで凄絶な争いが勃発したとか何とかで、だから家に帰り辛くなってしまった張飛は、この作戦を敢行するより外なかったらしい。
 まずい策だと思う。
 何より、部長権限を笠に着た命令に逆らえる若手は誰一人として居らず、密かに恋人との逢瀬を計画していた独身諸君に甚大な被害を及ぼしていた。
 とは言え、に被害はない。
 独身、それも正真正銘の独身貴族で、そのお相手は影も形も気配もない。
 クリスマスらしいことが出来るのであれば、有難いとさえ言えた。
 何せ一人だ。ぽつねんとしてケーキやら七面鳥やらを食べる気にはなれない。
「嬉しそうですね」
 食堂で昼飯のうどんを啜っていると、目の前に星彩が座った。
 4人掛けのテーブルを一人で占拠していたから構いはしないが、普通座る前に許可を取るのではないだろうか。
 この年頃の娘達とは幾らか違った雰囲気のこの娘は、の下で働いていた。
 それなり長い期間共に働いているが、打ち解けたという気はほとんどしない。
 拒絶されている風でもない、不思議な娘だった。
「嬉しくはないけども。この時期って、空気自体が賑やかな感じじゃないか?」
 だからそう見えたのではないか、と軽く答えて、うどんを啜る。
 星彩はレディス定食のちんまりと、また見た目良く整えられたサラダをフォークで突いた。
「……そうですか」
 いつもならここで会話が途切れる。
 必要以上に長く話すことを、星彩は好まないようだった。
「私はてっきり、クリスマスパーティーが楽しみなのかと思ってました」
 おや、と思いはするものの、さして珍しい会話でもない。
 は会話を続けた。
「それも、楽しみは楽しみだな。ここしばらく丸いケーキだの七面鳥の丸焼きなんてのは、御無沙汰だったからなぁ」
「丸いケーキとは、限らないでしょう」
 それが限るのだ。
 何故なら、が準備委員に命じられた馬岱とに丸いケーキを厳命していたからだった。
 こっそり教えられて、星彩は呆れたようにを見詰めた。
 左右のバランスも整った、切れ長の美しい目だ。
 が肩をすくめると、星彩は小さな溜息を吐いた。
「意外でした。殿が、そんなにケーキにこだわるなんて」
 切るのが大変になってしまうという星彩に、は笑う。
「それがいいんだよ。大きい小さいが出来た方が、話の種になるだろう」
 大きいのがいい男性社員もいるだろうし、ダイエット中だから、敢えて小さいのがいいと言う女性社員もいるだろう。
「皆で、わーっと盛り上がるのがさ。それに、こんな大人数でのパーティーなんて、早々出来るものでもないだろう?」
 それが出来るのが張飛部長のいいところだ。
 の言葉に、星彩は軽く俯いた。
「文句を、言っている人もいます」
 平坦な声の調子の裏に、何処か沈んだ感じがあった。
 何か言われたのかもしれない。
 張飛がこのパーティーを独断専行させたのは、星彩とのいざこざが切っ掛けだったとほとんどの社員が知っている。
 同じTEAM内で付き合っている者ならともかく、違う会社やTEAMの者と付き合っている人間には堪らなかったかもしれない。
「でも、参加するのは『有志』だろ」
 半ば強制参加でも、張飛(か諸葛亮の補佐だか知れないが)はそうフォローを入れている。
 顔だけ出してそのまま帰ればいいだけだし、それを星彩に愚痴るのは筋違いも甚だしかった。
 思い込みかもしれない、けれどは、星彩や張飛に文句を言う道理が理解できず、知らず知らずに箸を握った力を入れて熱弁振るっていた。
「終業後すぐ、なんだからさ。仕事が終わらせられないとか、仕事している脇でパーティーされたら落ち着かないとか言うならともかくさ。第一、諸葛亮課長とか法正課長代理とかがその日は切り上げてしまっていいって言ってんだしさ。そのつもりで仕事してりゃ、そんなに大変って訳でもないぜ? それに、今年は次の日もあるしさ、問題ないって」
 まくしたてるに、星彩はただ圧倒されたように黙りこくっていた。元々無口な性質だから、別に何も感じていないからとも取れたが。
 とにかく、そういうことだからとが締めると、星彩はしばし考え込むように目を伏せた。
「……有難うございます」
 ふっと目を上げた星彩は、滲み出すような頬笑みを浮かべている。
 普段表情を変えないでいただけに、そのわずかな差は強烈な印象を伴った。
「24日、本当は、約束などではないんです」
 堰を切ったような告白によれば、24日の『約束』は、単に家族に宛ててのプレゼントを取りに行くから少し遅くなる、というだけのことだったらしい。
 それを張飛が聞き違え、別の誰か(恐らくは男だとでも思ったのだろう)と過ごすのだと勘違いし、星彩の説明に端から耳を貸そうとしなかったことから話がこじれたのだそうだ。
 耳を貸そうともしない張飛に呆れ、少しばかり腹も立てた星彩が、勢い無口になったのも仕方のない話だと思われた。
「……部長、しょーもないな……」
 もそれしか言えない程度に呆れていた。
 しかも、星彩は先方に頼み込んで前日の23日に引き取れるよう交渉したのだと言う。
 だが、勢い込んだ張飛は24日に会社でパーティーをやることにしてしまった訳だ。
 弁明しても取り返しが付かない状態になって、母親は放っておけばいいと投げ遣りになってやはり星彩に耳を貸さないし、同僚からはちくちくと嫌味を言われるしで、星彩としては散々な目に遭わされているらしい。
 それは、如何な星彩と言えど愚痴の一つも零したくなるというものだろう。
「……プレゼントを取りに行くの、何だか嫌になってしまいました」
「ちょ」
 気持ちは分からないではないが、それを取りに行かなかったら本当に本末転倒だろう。
「取りには行っとこうよ。そんで、渡す時に改めて説明すればいいじゃん。24日は会社のパーティー最後まで居てさ、ま、無理に話とかはしないでいいと思うけど……そしたら、誤解も解けるんじゃないか?」
 電車で帰ると大変だから、何なら俺が車出して、当日は酒飲まないようにして、等々、が細々とアイディアを出していると、星彩はまたも緩い笑みを浮かべた。
「……え、何か俺、変なこと言った?」
 星彩はふるふると首を振り、何事か考え始めた。
「……一緒に取りに行ってくれるなら、心強いです」
 の目が点になる。
 星彩は、それきり無言になると、食事を再開させた。
 交わした会話を思い返し、『取りには行っとこう』が『一緒に行こう』の意に取れなくもないと思い当たった。
 話を聞かないのは、親から受け継いだ遺伝体質だろうか。
 それでもは、星彩の些細な勘違いを訂正するつもりにはなれなかった。
「……何時に、何処で待ち合わせようか」
 代わりに問い掛けた『約束』の打ち合わせに、星彩はさも嬉しそうに、にこりと笑う。
 あ、まずい。
 は脳裏に張飛の激怒した顔を思い浮かべながら、しかし星彩の愛らしい笑顔に目を奪われるのだった。

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