から贈られた小さな包みを、甄姫は遠慮なく開けた。
開けてもよろしくて、の一言もない。
いつものことなので、も何も言わない。言うつもりもない。
「安物ですのね」
棘のある言葉だが、甄姫は本気でそう思っているのが見て取れるので、やはり何も言えなかった。
この時期、名のある宝石店はお熱いカップルで溢れている。
一人身ののやっかみかもしれないが、女性は少しでもいいものを買わせようと目一杯媚を売るし、男の方も何となく察しながらも普段見られない恋人の痴態に鼻を伸ばすしで、はっきり言って苦痛以外の何物でもなかった。
クリスマスにプレゼントを寄越せと言ってくるのも何だが、プレゼントの指定までされるとは思いもよらない。
御丁寧に指輪のサイズまでメモに書き記して手渡され、は逃げ場を失った。
愚直に買ってしまう奴も何である。
分かって居ながらうかうか買ってきた訳で、だからは言い訳も出来ない。
細い金と銀を重ねた輪にルビーをあしらった指輪は、蛍光灯の照明にも光を弾いて良く光った。
甄姫は、贈られた指輪を熱心に観察しているようだ。
値踏みされているような気もして、は落ち着かない。
「……どうして、指輪です」
黙っていようと心に決めたにも関わらず、沈黙を持て余したが口を滑らせる。
甄姫は答えず、は話を続けるより仕方なくなった。
「常務に買っていただけばよろしいでしょう。そんな『安物』よりは、よっぽどいいものを買ってもらえますよ」
TEAM魏常務の曹丕は、歴とした甄姫の夫である。
甄姫の左手薬指には、曹丕のものである証が今も輝いていた。
「貴方、私に安物を贈って下さったの?」
指輪の点検に飽きたか、甄姫はかざしていた指輪を手元に下ろし、に逆に問い掛けて来る。
は何も言えなかった。
華奢ではあっても精巧な作りの指輪は、が足を棒にして選び抜いたものだった。
当の甄姫は勿論、周囲の誰にも洩らしたことのない秘められた想いを込めた『安物』だ。
指輪のリクエストが単なる気紛れに違いないことは、にも分かっていた。けれどそれだけに、断ったり、生半可なものを贈るつもりにはなれなかった。
敢えてブランドものを選ばなかったのは、下手に値段を見抜かれるのを恐れてのことである。高価なものを贈って、の気持ちに感付かれても困るからだ。
一度きりだろう気紛れに、は敢えて乗った。
乗ることで、甄姫の指輪に『証』を残す誘惑に勝てなかったのだ。
恐らく、甄姫はいつの頃からかの想いに気が付いてしまっていたのだろう。
そしてを試した。
見抜けずに乗せられてしまったことを、は直感で感じ取っていた。
誤魔化すなら今しかない。
「……甄姫様から見たら、ほとんどの指輪が安物でしょう。私のセンスが悪いのは理解しました。勉強して出直して参りますから、」
返して下さいと手のひらを向けたの前で、甄姫は自分の薬指にの指輪をはめた。
思わず絶句してしまう。
甄姫は、艶然と微笑んだ。
「趣味が悪いと、申し上げたつもりはなくてよ」
白い指を組み合わせ、そこに顎をもたれ掛けるように頬杖を突く。
交差した左手と右手の薬指に、それぞれ指輪が光っていた。
左手の曹丕の指輪に対峙するように、の指輪が輝いている。
目が眩んだ。
「……左手の指輪を外すつもりはなくてよ」
でも、と甄姫は悩ましく眉を顰める。
「右手の方は、空けて差し上げてもいいでしょう」
どういう意味かと問い掛けたかった。
何の意味もなくても、問い掛けて、甄姫の心を暴いてしまいたかった。
拳を握り締める。
「光栄です」
冷淡を装った声音に、甄姫は嘲笑を浮かべた。
その歪んだ笑みが、心から安堵したようにも酷く心細いようにも見えて、の胸を深く衝く。
甄姫は一途で、複雑なひとなのだ。
だから愛してしまったのだと、深く深く納得していた。