携帯の電源を入れると、ちょうど碧色の電光表示が0時を告げるところだった。
バッテリーを温存しようとすぐに電源を落としてから、は趙雲に向き直った。
「明けましておめでとう、子龍」
対する趙雲の反応は薄い。
こくりと頷いて、後は無言だ。無表情を装ってはいるが、機嫌があまり良くなさそうなのは目の剣呑とした光で知れた。
「何、反応うっすー」
が唇を尖らせると、趙雲は面倒臭げに一つ溜息を吐いた。
「」
「何」
「夜襲するわけでもあるまいし、こんな夜中まで起きて居なければならない理由は何だ」
返答に困る。
この世界にも時間の概念はちゃんとある。
しかも、が思っていたような朝昼晩などと言う大雑把なものではなくて、いわゆる十二支になぞらえて更にそれを4分の一に区切る、というちゃんとした時の単位が存在する。
それを表す時計もちゃんとあるのだと知り、酷く感心したを趙雲は白い目で見たものだ。
「……だってほら、一日の変わり目だよ? 年末の日が終わったんだから、もう新年の日じゃない」
「新年の日はわかる。だが、それが朝、日が昇ってからでは駄目な理由は何だ」
駄目と言うわけではない。
ないが、はこれが常なのだ。
携帯のメールラッシュ攻勢に勝ち抜き0時ちょうどに友達に新年の挨拶を送る。
テレビの時計が0:00に変わる瞬間をどきどきしながら瞬きしないようにして待つ。
それが流の新年の迎え方なのだ。
「……だってさ」
そうか、とは気がついた。
秒刻みの時計までは、さすがにこの世界にはない。『その瞬間』という興奮を目で確認できるものがないのだ。
趙雲との間にある溝の原因がようやくわかったものの、それを埋め合わせる手立てはもうない。
携帯を二人で見ていれば良かったのだが、バッテリーを温存することに頭が一杯で、そこまで気が回らなかった。
これはしたり。
む、と押し黙ってしまったの横で、趙雲はこっそり欠伸をしている。
「だって……」
ぽつりと呟いた言葉に、趙雲はきょろりと黒目だけをに向けた。
「で?」
「……で、って?」
の問い返しに趙雲は呆れたように溜息を吐く。いちいち気に障るが、構うと余計に付け上がるから我慢した。
「これからどうするのかと聞いている」
「これから? 朝日見るんだよ」
初日の出を見るのもまた、の常だった。
「……寝坊なお前が?」
「徹夜するもん」
元の世界ならパソコンでメールやチャット、テレビの特番、詰まらなければ撮り溜めておいたビデオを見ればいい。朝を迎えるまでの暇つぶしには事欠かない。
こちらの方ではそうもいかないが、趙雲が居れば話でもできる。
「付き合わせる気か」
本気で呆れているような趙雲に、は唇を尖らせた。
「眠いんなら、自分の牀に帰って寝ればいいじゃん」
掛け布を被り、窓際に向かう。
星が綺麗だった。
突然、背後から抱きすくめられた。暖かな温もりがを包み込む。
「何」
「夜明けまでは、だいぶ間がある」
「そうだね」
窓が閉ざされ、室の中は暗闇に落ちた。
「折角だ」
「何がだ」
趙雲の考えていることを察して、は汗をかきつつ脱出の機を伺う。
無論趙雲がそれを許すはずもなかった。
疲れきって眠りに落ちているところを、無理矢理起こされて窓際に連れて行かれる。
「お望みの朝日だぞ」
そう言われても、ぴったりくっついた瞼をこじ開けるのは至難の業だ。
呻いていると、趙雲の指がするりと滑り込んできた。
「ちょっ……」
「起きろ。窓も開いているし、新年早々醜態を晒したくはなかろう」
誰のせいだと暴れるに、趙雲もやがて本気でその気になったらしく、朝日が昇りきる前に再び窓は閉ざされた。
終