張郃の背後に、首なしのマネキンが2体置かれている。
 女性を精巧に模したボディには、2つの乳房と2つの乳房が浮き上がっている。本当にリアルだ。
 と言っても、これらのマネキンが何も着ていないという訳ではない。
 片方は赤、片方は緑に染まっている。
 問題は、それが全身タイツならぬ全身網タイツで透けているということだった。
 見ようによっては、その手の趣味の人の部屋に見えなくもない。
 張郃のデザインルームは広々としているが、基本的に機能性重視された装飾の為、尚更その感が強まるのだろう。
「着てみたいですか?」
 心なしかうきうきとする張郃に対し、丁寧に固辞する。
「……だいたい、コレどーゆーコンセプトなんですか」
 未練がましい目を向けてくる張郃の気を逸らそうと、は話題の転換に努めた。
「クリスマスのカップルに、折角だから特別なプレイを楽しみましょうというコンセプトですよ?」
 事もなげに答えられてしまい、の疲労感はぐんと目方を増した。
「女性が着てもいいですし、どうせだから男性も着ても面白いかもしれません」
 シースルーは、なまじの裸体よりも艶めかしさを醸し出す。
 クリスマスカラーで笑いを取って、あまりどぎつ過ぎないように調整しているのだという。
「まぁ、ちょっとした冗談で作ってみたのですが、折角なので飾ってみました」
 いいでしょう、と振られても、どう答えていいか分からない。
 性質の悪い冗談にしか思えなかった。
「……先程、夏侯淵部長のとこの人が出て行ったみたいですけど」
「ええ、断られてしまいました」
 何か用があったのではないかと念の為に確認しに来たのだが、この様子では用件を申し述べる前に逃げ帰ってしまっただろう。
 が担当いることになったデザインの打ち合わせに来たのかと思ったのだが、違っていたようだ。
 可哀そうに、と胸の内で十字を切る。
 ちょっとしたスランプに陥り、良いデザインが思い付けないでいるは、しかしそういう事情で安堵もしていた。
 夏侯淵から直々によろしく頼むと言われている。
 デザインを直接頼まれるのは初めてで、意気込むあまり空回りしている感があった。
 ふ、と最近恒例になりつつある溜息を吐くと、張郃がを呼んでいる。
 はい、と顔を上げると、張郃は何処から取り出したのか小さなクリスマスツリーをマネキンの股間に当てがっていた。
 思わず盛大に吹く。
「これぐらい隠した方が、いいですかね?」
 ね、と同意を求められても、は思わず入ったツボに爆笑を堪えてぶるぶる震えていた。
 呼吸困難であわや、というところでぎりぎり引き返してきたは、荒い息を咳払いして誤魔化す。
 ようやく落ち着いたが顔を上げると、張郃はをじっと見詰めていた。
 口元に柔らかな頬笑みが浮かんでいるのを見て、驚いてしまう。
 常に笑みを絶やさない男ではあるが、こんな風に優しく笑った顔を見るのは初めてだった。
 思い掛けず端正な美貌を際立たせる笑みに、の心臓はばくばくとざわめき出した。
 呼吸困難で、酸素が足りないんだ。この人がこんな馬鹿げた遊びをするなんて、いつものことではないか。
 自分の為ではない、決して自分の為ではないと念仏のように繰り返し、辛うじて気持ちを鎮めた。
「デザイン、ですけどね」
 張郃はあたかも一人言のように虚空を見詰めながら話す。
「煮詰まったら、一度すっかり気分転換をして……何でも良いのですがね……それから、デザイン画を並べて眺めて見てみると良いでしょう。駄目だと思っていたものが案外良かったり、良いと思っていたものが駄目に見えたりしますからね」
 思わず、あ、と呟いてしまう。
 張郃の話がどうこうと言うのではない。張郃と話をしていたこの数分間、あれ程頭の隅にこびり付いて離れなかったデザインの悩みが綺麗さっぱり消え去っていたことに気が付いたのだ。
 上目遣いにを見詰める張郃の笑みは、もういつもの笑みに戻っていた。

 はその後、あの2体の全身網タイツマネキンが、クリスマスシーズンが終わるまで飾られているのを確認した。
 やはりの為に作った訳ではなく、本当に手持無沙汰で戯れに作ったのだろうと実感する。
 もし本当にの為に作ったのだとしたら、がスランプから脱却し、早々にデザインを上げて来た時点で片付けただろうと思うからだ。
 それを残念に思っている自分がいることを、は自覚せざるを得なかった。
 一人身のクリスマスが寂しいのだと、は初めて知ることになる。

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